杉浦功一・大庭弘継『「銀河英雄伝説」にまなぶ政治学』~見よ、政治学の威力を【雑感・感想】

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田中芳樹の『銀河英雄伝説』(銀英伝)といえば、日本のSFに大きな足跡を遺したスペースオペラの傑作です。

今更ですが、一応、あらすじをご紹介しておけば、

西暦を遥かに超えた未来。

銀河全域に進出した人類は、民主主義の失敗を経て、人類統一政体における初の専制独裁国家「ローエングラム朝・銀河帝国」の専制統治下にあった。

しかし、これに抗す民主共和主義者らにより「自由惑星同盟」が成立するに及び、両陣営は激しく争っていた。

そして、150年の膠着状態を経て、帝国にラインハルト・フォン・ローエングラム、同盟にヤン・ウェンリーという不世出の天才が現れたことにより、歴史は大きく動くことになる。

アニメーションも、本編(正伝)110話、外伝52話という(!)、大河ドラマと称することができる一大巨編として、日本アニメーション史に名を刻んでいます。

そんな、銀河英雄伝説を、2人の政治学者が政治学の視点から解題しようとするのが、今回ご紹介する杉浦功一・大庭弘継『「銀河英雄伝説」にまなぶ政治学』です。

政治学の不遇

別の箇所(記事)でも書きましたが、「政治学」という学問は、とにかく、不遇にあります。

アリストテレスは政治学を、全てを総合・統括する学問としての「マスターサイエンス(棟梁的学問、諸学の王)」と言いました。

ところが、その後の政治学の歴史は、そう単純ではありませんでした。

ヘレニズム期(ローマ)においては、帝国支配などによって政治学は消沈します。

中世になると、キリスト教会の権威に依る神学が最高学問であり、政治学は「神学の侍女」に甘んじます。

近代になると、社会契約論など活発化しますが、18~19世紀になると、また事情が変わってきます。

社会(ソサエティ)」概念の発見です。

「社会」概念の背景には、人間集団は、「万人の万人に対する闘争」(ホッブズ)のイメージではなく、国家の強い支配を受けなくても、人々は自律的・相互依存、分業的にやっていけるというイメージがあります。「society」を福沢諭吉が「人間交際」と訳したのは、流石と言わざるを得ません。

この「社会(ソサエティ)」が登場すると、国家(政治権力)はそれを支える程度(・・)()良い(・・)という思想が大きくなってきます。

これは学問分類にも波及し、「社会科学」や「社会学」が登場すると、古代では「マスターサイエンス」と言われた政治学も、「社会科学」の中の、社会学、経済学、法学と横並びの一学問に「格下げ」されました。

ここでの政治学は、古代に比べると、かなり限定的なものです。要するに、「政府」に関してだけの学問のようなイメージで、「総合」でも「棟梁」でもありません。下手をすると、法学や経済学の後塵を拝す羽目になります。

例えば、日本の高等教育の学制を眺めてみても、「法学部政治学科」という括りで学科が設定されたり、私立大学でも英国風の「政経学部政治学科」だったり・・・と、「政治学部」という単独学部がありません。

このような状況には当然批判や疑問もあります(私もその末席ですが)。

しかしながら、問題は、はたして「政治」とは本当に、社会の中の他の領域と区別される一定の領域なのだろうかという点にある。(中略)政治学は、自らの学の対象を社会の一領域としての「政治」に限定することで、何かを失ってしまうのではなかろうか。

宇野重規『政治哲学へ』東京大学出版会、2004年、59頁。

極めて狭い範囲の社会の一分野・対象に止まらない「政治学」こそ必要。

そして出会ったのが、本書であり、思わず、膝を打ちました。

『「銀河英雄伝説」に学ぶ軍事学(・・・)』でもなく『「銀河英雄伝説』に学ぶ歴史学(・・・)』でもなく、『「銀河英雄伝説」にまなぶ政治学(・・・)』なのですから!

政治学の入門書として

政治学は本来、極めて、幅広い対象を持つ学問です。

単に「政府」(とその周辺)のみを対象とする訳ではなく、あらゆる「政治的なるもの」を対象とするものです。

本書の特色は、銀河英雄伝説という最高の「素材」を使って、政治学を学べることにあります。

銀英伝の物語は、全編に渡って「政治的なるもの」が溢れている、題材の宝庫です。

扱われている分野は、リーダーシップ論、クーデター、民主主義論、地政学、戦略論・戦術論、テロリズム、正戦論などの項目です。

政治学科の科目でのイメージ的には国際政治学・安全保障論にやや寄った「政治学入門」とか「政治学基礎」といった形でしょうか(著者お二人の専攻がその辺りのようです)。

軍事学と政治学

本書が『「銀河英雄伝説」に学ぶ軍事学』とならなかったことは重要です。

銀英伝は、戦争モノなので、当然、軍事だけにポイントを絞って考察したり、解題したりすることは可能です。本書でも、イゼルローン回廊を例にして「地政学」を、アスターテ会戦を例にして戦略・戦術論を論じている章が、軍事学的な章になっています。

しかしながら、本書はあくまで「政治学」として書かれています。

なぜなら、「軍事」というものは、あくまで「政治」の従属概念・下位概念だからです。

軍事(戦争)は政治の手段であり、軍事が孤立して存在しているわけではありません。

日本人は、この事をあまり理解していないのではないかと、いつも感じます。

(この無理解が先の大戦の大きな敗因の気もするのですが、それは置いといて・・・。)

軍事なき政治も、政治なき軍事も共に現実を見ていません。それは不可分な関係です。但し、上下があります。

即ち、軍事学(戦争論、安全保障論等)は政治学の一分野ということです。

政治的意図が常に目的であり、戦争はその手段にすぎないからである、そして手段が目的なしにはとうてい考えられ得ないことは言うまでもない。

クラウゼヴィッツ『戦争論』(上)岩波文庫、2000年、58頁。

このクラウゼヴィッツの言葉にある通り、あくまで「政治」あっての「軍事」であるならば、「政治学」の理解がなければ、それは片手落ちということになります。

現代戦と銀英伝の相違

時に、その軍事に関してですが、銀英伝の戦争というのは、現代戦の理解にどの程度まで有効なのでしょうか?

まず「要塞」、難攻不落の「イゼルローン要塞」ですが、これは実は、本書でもその価値に疑問符が付いています。特にマジノ線などと比較して。

確かに、現代において「要塞」というのは、有用性は示せないかもしれません。

米国のシャイアン・マウンテン空軍基地やウェザー・マウンテンが、「要塞」といえば「要塞」ですが、必殺の戦略兵器(トール・ハンマー)を装備している訳ではなく、むしろ、それ(核攻撃)から逃れる為の(指導部にとっての)避難所のようなところです。

また、描かれる戦いは、宇宙艦隊がメインでありながら、空軍力登場以前の二次元(平面)の戦いです。それは本書でも指摘されています(99-100頁)。

作者の田中芳樹は、「過去の戦史を別の舞台装置で」という目論見を持っているようで、未完である『七都市物語』でも、「オリンポス・システム」という空中封鎖システム(高度500メートル以上を飛行する物体を無差別に攻撃する攻撃衛星群)の導入により、戦争は空軍力が使えない平面(二次元)になっています。

とすると、空軍力が重大な意味を持つ第二次大戦以降の軍事戦略に関しては、やや抜け落ちざるを得ないとも言えます。

民主主義の苦悩

銀英伝の思想的主題は、

「私は最悪の民主政治でも最良の専制政治に優ると思っている。」

ヤン・ウェンリー

に尽きると思いますが、本書でも民主主義に関しては集中的に論じられています。

シュンペーターやロバート・A・ダールなどによる政治理論や現実の民主主義政治の問題(古代ギリシアから中国モデルまで)など、幅広く概観しています。

政治学にとって、そして現実の政治にとっても、「民主主義(デモクラシー)」は、もはや避けては通れぬ、密接不可分なテーマとなっています。

政治学科の科目ならば、「政治体制論」や「民主主義論」といった科目名で開講されています。

「民主主義」に関して、更に詳しく知りたい方は、宇野重規『民主主義とは何か』が入門書としてオススメです(著者は日本学術会議任命拒否問題で話題になりました)。

政治学の力を見よ!

如何だったでしょうか?

読みたくなりましたか?

あの傑作「銀河英雄伝説」の多岐に渡るテーマも、政治学にかかれば、こんなにも明瞭に、かつ奥深く探っていくことが出来るのです。

繰り返しになりますが、政治学は現代においては不遇な立場にあります。社会科学の末席に、ぽつねんと佇んでいます。

ところが一度、重い腰を上げれば、本書のように快刀乱麻の鮮やかさ。

昨今の日本の高等教育では、総合政策学部やら危機管理学部やら、やたら長い名称の、かつ細分化・専門化した学部が目立つようになってきましたが、それらは本来、政治学の領分です。

「総合」な「政策」というのは、まんま「棟梁的学問」です。

「危機管理」というのは、政治学における軍事・安全保障です。

とはいえ、どうしても著者ご自身のご専門や紙幅の関係で、本書が「政治学原論」という訳にはいかないでしょう。

ウェーバーの支配の三類型は論じられても、官僚制にまでは手が回りませんし、クーデター論から更に細かい政軍関係論にまで論じる余裕がありません。

先述したように、国際政治学・安全保障論にやや寄った「政治学入門」とか「政治学基礎」といった科目のイメージです。ですから、この本を読まれて、「政治学」という学問に興味を持耐えた方は、是非、政治学の本を手にとって、その世界に触れていただきたいものです。