古野まほろ『公安警察』~「警備公安警察」入門書の新たなスタンダード(感想・紹介)

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ミステリー作家・古野まほろ。

元警察官僚という異色の経歴の持ち主ですが、その経験・知見を活かして、『警察手帳』(新潮新書、2017年)を皮切りに、次々と「警察」関連本(いずれも新書)を世に送り出しています。

そして今回、そのものズバリ『公安警察』(祥伝社新書)が発売されました。

一冊まるごと「公安警察」という、警察マニア垂涎の本書をご紹介。

一線を画す警察本の数々

従来の警察入門書が、ジャーナリスティックな、表面的な紹介でお茶を濁していたのに対して、一連の古野まほろの著書群は、いわば警察の「中の人」が、その実態を赤裸々(生々しく)かつ客観的に書き記した他に類を見ない「警察入門」シリーズとなっています。

今までも、元警察官の本というのは多数あります(元刑事や元鑑識や元公安捜査員etc.)が、警察官僚という警察行政全般という一段高い視点からの解説は類を見ないのではないのでしょうか。

とまれ、警察官僚による本が皆無な訳では勿論ありません。

例えば、元警察官僚で、多くの著書を執筆したと言えば、すぐに佐々淳之(初代内閣安全保障室長)が思い浮かびます。

しかし、佐々の警察関連本は、どちらかというと、警察官人生の自伝的な傾向が強いように見受けられます。

対して、著者の本は、自身の体験を基盤にしながら、あくまで、「入門書」であることが強く意識されています。

公安警察入門の定番

警備公安警察を知るために、今まで入門書の定番とされてきたのは、青木理『日本の公安警察』(講談社新書、2000年)。

元共同通信の記者(警備公安担当)による本です。マスコミなど、その方面ではかなり読まれているロングセラーです。

こちらは、著者の経歴から、当然ジャーナリスティックな面から「警備公安」を解説しており、調査報道的な、いわゆる「闇を暴く」的な面が強い。

また、フィクションですが、麻生幾『ZERO』。

公安警察が繰り広げる情報戦を描いた長編エスピオナージ小説ですが、その作者が麻生幾だというから侮れない。

麻生は小説第1作『宣戦布告』で、当時の永田町・霞が関・檜町界隈に激震をもたらした事で知られています。

『ZERO』も虚々実々の情報戦のどこまでが真実か?影響の大きい作品です。

上記2作品は、共に、公安警察を知る一種の「入門書」の定番になっています。

そして、いわゆる「公安警察」の「影の部分」を意識せずにはいられない内容を持っています。

対して、古野まほろの著書は、あくまで公安警察を、お役所の一部、官僚機構としての生態として説明していきます。

著者自身、冒頭(まえがき)で述べているように、あくまで「事実(ファクト)」に徹しているのです。

青木理や麻生幾の作品に多く触れてきた読者は、もしすると、少し拍子抜けするかもしれません。

しかし、「中の人」、それも警察行政を担ってきた著者にしてみれば当然のことでしょう。

警察や軍隊といった物理的強制装置・暴力装置(ウェーバー)も、確かに特殊な面がありますが、突き詰めると、あくまで官僚機構・お役所な訳ですから。

かつ日本は法治国家な訳ですし。

公安警察もその一角です。

本書を読んでいると、大学での「警察行政法」とか「警察行政論」のような科目の講義を受けているような感覚にすらなります。

一連の警察新書本は、第一弾の『警察手帳』が総論にあたり、その後、続々と出版された警察関連新書本は、いわば各論にあたります。今回は「警備公安」篇。

こう考えるとしっくりきます。本書を通じて、読者は、通信制大学で、古野まほろ教授の警察学講義を受講しているといった按配。

今後、本書『公安警察』は、警備公安を学びたい人の為の入門書の、新しいスタンダードになる事は間違いないでしょう。

警察と情報機関

そんな本書を読んでいて、一番感じたのが、「公安」と言っても、まず第一義的には「司法警察」であり、情報機関そのものではないし、ましてやアクションサービスではない。攻殻機動隊(公安9課)では断じてない。

第5章で詳述されていますが、その目的(警備犯罪の取締り)は、はっきりしているということ。

意外と、この事実は左右双方、体制派も反体制派も忘れがちです。

警察の責務は法令による取締り・検挙(警備犯罪の解決)ですが、情報機関の責務は必ずしも検挙・取締りとは限らない。国益の為の諜報活動です。

そう整理すると、「公安警察=情報機関」には、大きな齟齬があることがわかります。

イメージ上も、実務上も。

本書を読まれて、公安の実態を知って、拍子抜けした読者がいれば、まさに、ここではないでしょうか。

追記

今後も是非是非、「各論」にあたる新書本を執筆して頂きたいものです。

「刑事警察」とか「生活安全警察」とか、はたまた、「警視庁」とかetc.

ちなみに、本書を読んでいて、ちょっと気になったのが、やはり「公安」という本の性格上、編集者との対話の章では、やや口を濁している、とぼけて居るような場面が、ところどころ見受けられた点です。「公安警察」が題材ならではの光景ですかね。

いわば読者に「察して」「行間を読んで」と言うような・・・。