無防備の国民には友しか存在しない、と考えるのは、馬鹿げたことであろうし、無抵抗ということによって敵が心を動かされるかもしれないと考えるのは、ずさんきわまる胸算用であろう。
カール・シュミット『政治的なものの概念』未来社、2006年、60-61頁。
※この考察記事は、以前公開した「ゴジラ-1.0」の上映以前の予想記事及び、上映後の答え合わせ記事を、全面改稿し、より政治学的な映画批評にしたものです(旧記事リンク)
「シン・ゴジラ」の対極として
※以下、ネタバレあり
ゴジラ映画の快進撃が止まりません。
大ヒットを記録した「シン・ゴジラ」(2016年)に続いて、「ゴジラ-1.0」(2023年)は、それを上回る興行収入を記録しました。
しかし、この両作品は、「国家」というものに対して、対極的な視点を持った作品でした。
今回は、「シン・ゴジラ」に対して、「ゴジラ-1.0」は、何が違うのかを明瞭にするための試論です。
アメリカ軍介入せず
今回の時代設定は1947年。日本は敗戦からまだ2年であり、米国を主体とする連合国の占領統治下にあります。
従って、日本政府は武装解除されており、固有の軍事力が存在しません。
そんな中でのゴジラの出現です。普通に考えれば、占領軍が対応する以外ないのですが、ここから話がおかしくなります。
マッカーサーは、ソ連との緊張状態の高まりを受け、米占領軍が軍事行動をすることは好ましくないとして、日本政府に何とかしろと言ってきます。
これは、作品の最終的な意図を実現する為の方便と言えば、それまでですが、国際政治学や軍事学の知見から考えれば、いささか突飛な設定であるといえるでしょう。
1946年3月には、チャーチルが有名な「鉄のカーテン」演説を行い、米ソの蜜月は儚くも終わりを告げようとしていました。
米ソの緊張関係が増していたとしても、それを理由に、ゴジラという「害獣駆除」が出来ないというのは、政治的判断としてナンセンスです。
まず、マッカーサーの占領軍には、軍事占領した以上、被占領国民を保護する義務が、国際法上(ハーグ陸戦規則)生じます。
交戦関係国あるいは機関から正式な命令・指示を受けた占領軍が、被占領国の住民を保護し、同時に公共の秩序の回復と維持機能を提供することは、ハーグ陸戦規則によって課せられた義務なのである。
小栁順一『民軍協力(CIMIC)の戦略』芙蓉書房出版、2010年、29頁。
マッカーサーの占領軍司令部(SCAP、いわゆるGHQ)には、その上位機関として、「極東委員会」が存在しています。
そこには、ソ連も中華民国(蒋介石の国民党政府)も参加しているので、ゴジラなる「害獣」によって被占領地(日本)の公共の秩序が脅かされているのに、米占領軍が「何もしない」というのが、問題にされない訳がありません。
特にソ連は、米軍単独占領の正統性を突いてくるでしょう。
元々、スターリンは、日本占領への参画を望んでいましたし、北海道の北部の占領(留萌と釧路を結ぶラインの北側)も企図していました。
その状況下での、「米軍の怠慢」は、「日本人民を守れないなら、我が赤軍も日本占領に参加するべし」という、口実をスターリンに与えるだけです。
(日本占領に英印豪軍が参加していますが、その規模は僅かです。ソ連軍は排除されています)
むしろ、米ソが緊張状態であり、関係が悪化しているからこそ、尚更、米軍はゴジラを早期に駆除しようとするでしょう。駆除せずに、「放置」「日本に丸投げ」する方が、米ソの緊張は高まります。
繰り返しますが、ゴジラの跳梁は、スターリンに、「米国に日本統治の力量なし」という介入の口実を与えるからです。仮に、ソ連軍が介入してゴジラを駆除できれば、ソ連の評価は上がり、日本の民衆の感謝と支持も獲得でき、日本赤化の大きな一歩となるでしょう。
また、日本政府に丸投げして、限定的な軍事力の行使を認めることは、連合国側の当初の対日方針としての日本非武装化・武装解除に逆行する、実質上の再軍備であり、到底、各国とも容認できる筈もありません。
場合によっては、日本の右派勢力に利用されかねない。
ワシントンも、当然それは百も承知ですから、マッカーサーのこんな「馬鹿げた指令」を許すはずがなく、史実の朝鮮戦争前にマッカーサーは解任されるでしょう。
ソ連に付け入る口実を与えないために、米軍によって、可及的速やかに、断固として、確実に、ゴジラは駆除されるはずです。それがバランス・オブ・パワーを基本とする国際政治の現実です。
1947年、日本は誰の国だったのか?
確かに、この時期、日本は米軍の占領統治下に置かれていました。
しかしながら、日本政府が存在しないわけではありません。
しかし、独立しているわけではありません。
つまり、間接統治です。
同じ敗戦国であるドイツの場合は、日本と対照的に、ドイツ政府が存在しないという前提での占領と再建がおこなわれました。
ここで問題になるのが、「主権」です。
「主権」は16世紀のフランスの思想家ジャン・ボダンが提起した概念です。
ざっくり要約すると、主権とは「一定の地域(国内)で、絶対的かつ、恒久的な不可分・不可侵の最高の権力」を意味します。
故に、近代国家は主権国家とも称されます。
主権国家が成立するには、その地域(国内)で必然的に最大最強の強制力を持つ必要があります。かつ、それを独占・専有しなければなりません。
国内に様々な武装勢力が存在している状態は近代国家=主権国家とは言えません。
この強制力の独占(暴力の独占)というのは、言うまでもなく、軍隊(常備軍)と警察です。
さて、1947年の時点での日本の戦力といえば、わずかに、警察くらいです。
警察といっても、戦後の混乱期であり、かつ占領軍による民主化政策の真っ最中だったため、その力は、戦前とは比較にならないほど弱体化していました。
やや横道に逸れますが、戦前の国家警察を廃止して、GHQが行ったのは、警察のアメリカ化でした。
それは自治体警察(市町村警察)制です。
人口5000人以上の市町村は自治体警察を設置、それ以外の地域を国の国家地方警察が担当するという、米国式に極めて近い制度が導入されました。
これにより全国は国家地方警察本部と対等な関係の1600あまりの独立した自治体警察に分割されます。
ここから容易に想像できるように、各自治体警察は、それぞれの自治体が設置した独立の警察であり、ひとつのまとまった「暴力装置」とは言い難い。
さらに、大都市はいざ知らず、ほとんどが、装備や人員が不足する事態になります(なにせ敗戦後の混乱期)。
なににせよ、警察では、避難誘導以外、ゴジラに対しては無力です。
閑話休題、暴力装置(軍隊)のない政府は、主権を持ち得ません。
その時の日本政府は、行政上の必要性、法的理由によって存在していたとも言えます。
日本の主権は明らかに、連合国、つまるところ、マッカーサーにありました。
軍事力こそ、主権の在り処を知る上で、実際上も、心理的イメージ上も強烈な力を持つものはありません。
このインパクトは、日本人の深層心理に何を植え付けたか?
アメリカニズムの急速な風俗への浸透は、明治初期の文明開化 のパターンと同一であるが、ただ一つだけ異なるのは”東京”に君臨したマッカーサー という名の政治的父性が、外国人であったということである。 マッカーサーの故国アメリカを中央とすれば、日本は”地方”である。そして〝東京〟はまぎれもなく世界の地方都市〟にすぎなくなった。 「万世一系」「八紘一宇」の理念に乗った大日本帝国の都”にくらべて何という変わり方であろうか。にもかかわらず “日本”という地方”の世界的理念は“平和”であった。このディレンマが日本という 名の地方の方言”に、複雑な屈折を与えないはずがなかった。〝方言”とはこの場合、ナショナリズムといってもよい。
磯田光一『思想としての東京』講談社、1992年、125頁。
戦後、日米関係に横たわる深層心理は、この時、形成されたと言っても過言ではありません。
しかし、同時に、畏怖される父親は、同時に、その権能が、張り子の虎であると思われてはならないのです。
かのマキアヴェッリが指摘するように、「恐れられる」ことは、支配者の統治によって、「慕われる」よりも遥かに重要だからです。
そして人間というものは、恐ろしい相手よりも、慕わしい相手のほうが、危害を加えやすいのだから。なぜならば、恩愛は義務の鎖でつながれているので、邪な存在である人間は、自分の利害に反すればいつでも、これを絶ち切ってしまうが、恐怖の方は、あなたに付きまとって、離れない処罰の恐ろしさによって、つなぎとめられているから。
マキアヴェッリ『君主論』岩波書店、127頁。
この意味からも、マッカーサー、ひいては米国は、「恐ろしい支配者=強い父性」の政治的イメージを維持する為にも、ゴジラと戦わなければならないのです。
その筈でした…
日本義勇軍、かく戦えり
と、まあ、そうは言っても、米軍が狸寝入りを決め込んでしまった。
日本は独力でなんとかしなければならないのですが、手持ちの正規軍がないので、解体寸前の旧軍を動員して、必死の攻撃を繰り出すわけです(なんだかなぁ…)
一応、日本政府は、旧海軍の残存部隊をかき集めて対応しているようです。
(海上保安庁の創設すら1948年ですから…)
故に、この辺の戦力も、ほとんど「義勇軍」の類です。
そして、ゴジラが東京を襲撃する過程では、何と、旧陸軍の中戦車(3式?)が、国会議事堂前で砲列を敷いて、ゴジラを攻撃します。
旧陸軍の戦車部隊が義勇軍??
本編でマッカーサーが「日本政府の安全保障機関の強化」を指示していますが(まるで再軍備・警察予備隊設置指令の前倒し)、この戦車部隊も東京防衛に急遽、再編され、内務省か東京警視庁あたりの指揮下だったのでしょうか。
(余談ですが、あのゴジラの熱線だと、GHQのあった有楽町の第一生命ビルも巻き込まれてませんかね?マッカーサー生きてる?)
しかし、まだここまでは序の口です。
本題は、ここから。
相模湾で、ゴジラ駆除作戦が行われることになりますが、これは民間有志が行います。
大事なことなので二回言います。民間有志がゴジラを倒します。
「義勇軍」?「革命軍」?
銀座蹂躙までは、政府の影がチラチラしていましたが、最終盤になると、旧海軍の元軍人達の有志が駆除作戦を行います。
さすが団結力のある海軍だ。陸海軍統合にも最後まで反対だったもんな。
本作が、国家による有事対応を全面に押し出した「シン・ゴジラ」のアンチテーゼであろうことは、容易に看て取れます。
民間人の義勇軍、市民の自発蜂起としての義勇軍。
しかし、なにか求心力が足りない気がします。
1947年ならば、ここで起ち上がるのは、本当に彼ら旧海軍軍人のグループでしょうか。
ここで、少し本筋から離れて、思考実験といきましょう。
個人的にですが、ここで登場すべきなのは、息を吹き返しつつある日本共産党、特に、オヤジこと「徳球」(トッキュウ)、徳田球一ではないでしょうか。
戦前、非合法化され弾圧されていた日本共産党は、戦後、合法政党となります。
1945年10月には徳田は釈放。
1946年1月には中華民国から野坂参三が帰国。
当時の日本共産党の党勢は今では想像できない勢いがありました。占領軍すら協力していました。
終戦直後の日本は虚脱状態だった。心神喪失状態だった。息をつくまもなく次々と大日本帝国に解体の鉄槌が下されていった。日本人は、それを見て見ぬふりをした。もっぱら自分の命をつないで生き延びることに懸命だった。
たった一つの例外は共産党だった。野坂参三以下、日共の党員はさだめし凱旋将軍というところだった。日本の価値は完全にひっくり返り、昨日までの「賤民」は一番の上位に昇った。
片岡哲哉『日本永久占領』講談社、1999年、97-98頁。
ところが、1947年2月に、二・一ゼネストがマッカーサー指令で中止に追い込まれ、占領軍と共産党の蜜月が終焉を見ます。ゴジラ襲来はこの前でしょうか、後でしょうか?
そんな情勢下でゴジラ対策を日米両政府が責任放棄してしまえば、これは好機ともいえます。
日共書記長の徳田が人民の義勇軍を率いてゴジラを駆除すれば、人民の力で日本人民自身を守ったことであり、無責任な、統治能力のない、ブルジョア日本政府やアメリカ帝国主義占領軍に対しての実質的勝利にもなります。
1945年8月15日を、体制転換として、実質的な革命とする「八月革命説」というものが存在しますが、ゴジラを人民の力で倒すことが出来れば、これこそ「1947年日本人民革命」と誇れるでしょう。
これだと、駆除作戦の正念場で、救援に駆けつける民間タグボート群は、ソ連艦隊にかわっていたかもしれません。
と、まあこれは思考実験というか、戯れです。
この求心力の問題もさることながら、民間人が武器を手に取って、戦うというのは、そう簡単なものではありません。
面白い考察で、ゾンビパンデミックで、政治秩序が崩壊した際、どこに逃げるかを分析(思考実験)した本があります。
マックス・ブルックス『ゾンビサバイバルガイド』
ゾンビパンデミックが収拾不可能な状況に陥った時、生き残るための「要塞」をどう選択するか?
答えは、「ショッピングモール」ではありませんよ。
答えは、軍事施設です。
だが最も重要なのは物理的な要塞でなく、そこにいる人間たちの能力だ。(中略)十分な訓練を受け、しっかりと武装し、規律に従う人間たちこそが最高の防御壁なのである。
マックス・ブルックス『ゾンビサバイバルガイド』エンターブレイン、2013年、134頁
単独では、か弱い人間が、その力を発揮できるのは、集団となって組織化した時です。
人間社会には様々な目的の組織が存在しますが、目的が「暴力」そのものであるのは、軍隊くらいです。その暴力の行使を最大化しようとすると、数多の障害が存在し、それを克服するために、膨大な時間と金を投資する必要があります。
軍隊が、戦闘力を発揮し、継続的に戦い続けるのは、これがあって初めて可能です。
昨日、今日、なりゆきで武器を手にして、戦って得られるものではありません。
「国家vs.ゴジラ」ではなく「社会vs.ゴジラ」
なぜ、ここまで、政府や国家の要素を希薄にする必要があったのでしょうか。
その意図として、国家と社会という2つの存在が念頭にあったのだと推測できます。
さて、「社会」とはなんでしょうか。
実は、学問上の「社会」概念は、意外と新しいものです。
その起源は、18世紀ごろとされています。
啓蒙思想家たちは、市民同士が、権力の支配を受けなくても、社交して、協力しながら、生存していけると考えました。いわば、「市場」の純粋モデルのように、自動調整によって、上手く機能するシステムのイメージです。
これが「社会」(ソサエティ)です。
ちょっとピンと来ないかもしれませんが、これは、「society」の訳語を「社会」としたことにも難があって、福沢諭吉は「society」を「人間交際」(じんかんこうさい)と訳しました。これだと意味は明瞭で、個々人が交際関係(男女交際の意味では無くて!)によって、張り巡らされるネットワーク、人間関係の網の目になります。
そのような、「社会」があれば、別段、政府もとい国家が、全てを支配するような一元的な国家論を採る必要はありません。従って、「社会」は、「国家」と区別され、時に対抗関係になります。
20世紀の英国の政治学者ハロルド・ラスキは、国家は社会の上位概念であることを否定、むしろ逆だとしました。
これは、大陸的な国家観とは真逆です。日本人も国家は、社会を内包する上位の存在だとどこかで思っていないでしょうか?
このような英米の国家観、即ち、国家は社会の上位概念ではないし、多元的な集団が存在し、国家も、そういった集団のひとつに過ぎないという考えを「多元主義的国家論」といいます。
一元的国家論:国家 > 社会 または 国家⊃社会
(国家が社会より上位にある、または国家が社会を包容している)
多元的国家論:国家 < 社会 または 国家⊂社会
(社会が国家より上位にある、または社会が国家を包容している)
「社会」に関しては、なんとなくご理解いただけたでしょうか。
そして、いよいよゴジラに関して敷衍していきましょう。
ゴジラに対して、政府、すなわち国家が動かずに、義勇軍方式の民間有志が戦うというのは、つまり、「社会」が戦うということです。
「シン・ゴジラ」が、国家が全力を挙げて戦った作品だったのに対して、「ゴジラ-1.0」が、社会が戦った作品だったと整理できます。
これは、いわゆる「自警主義」にもつながります。
日本人からすると、何か犯罪に巻き込まれれば、すぐに公権力に助けてもらうと、考えてしまいますが、これは決して国際的・歴史的に「常識」ではありません。
現代社会では自衛のための武装は必要ないという感覚は、自らが政府の権力に保護してもらえるということを暗黙の前提にしている人間のものであり、必ずしも万人のものではない。
小熊英二『市民と武装』慶應義塾大学出版会、2004年、52頁。
典型的な例がアメリカ。
その建国が、英国への叛乱(抵抗)によって出発している国です。
三つ子の魂百まで。故に、強力な政治権力に対しては、常に不信感・警戒感がある。
権力は必要悪であり、必要最小限が望ましいわけです。
だからといって、現実に脅威はある訳ですから(暴漢・強盗から侵略者まで)、それにどう対処するのか?
(まさか無抵抗非暴力ではありません)
そこで登場するのが自警主義です。自分の身は自分で守る。
米国で銃規制が進まない背景には、これがあります。
犯罪者から自分(と家族と地域共同体)を守るのは自分自身であり、より強大な脅威(軍事侵略)があったならば、その時は民兵として戦えばいい(ですから常備軍にも反対です)。
だから大きな政府は不要だし、余計な介入(徴税など)をしてくるな。
(場合によって、政府に抵抗するための武装でもある)
西部開拓時代を思い浮かべれば、選挙で選ばれた保安官が、たった一人いる状態でも、何か大きな「事件」があれば、町中の男たちが、ライフル銃を片手に集まってきて、保安官を助ける。
まさに、終盤の海神作戦の姿、最後に駆けつけてくる民間船の大船団を彷彿とさせます。
この作品の底流には、「社会」というもので「国家」を代替しようとする意図を感じます。
それ故にその国家が一度破滅したともいえる1940年代を舞台にしたのでしょう。
その意味では、本作は徹底して、反国家、反政治に貫かれている作品でした。
敗戦によって日本はようやく、国家の一元的な支配に対する抵抗の根拠を見出したといえるかもしれません。強い反戦感情とともに、国家への旺盛な批判精神こそが、戦後民主主義の特色となりました。
宇野重規『民主主義とは何か』講談社、2020年、233-234頁。
民間主導の駆除作戦というのは、市民の自発的努力、もっといえば、国家抜きで、社会レベルで危機を克服できるという、「国家」への「社会」の勝利を謳っていると言えます。
民間=「社会」によって、十分やっていけるのだという、リベラルな、戦後民主主義的な思想背景を強く感じた作品でした。
「八月革命説」のための海神作戦~敗戦からの再出発の為に
こう言えるかもしれません。日本の民主化は、占領軍によって断行されました。
それは、市民革命という、民主主義の通過儀礼的な原体験のチャンスを失ったことも意味します。
しかし、ゴジラという圧倒的な敵は、革命を「仮想的」にやり直すチャンスだったのだと。
「八月革命説」というものがあります。
これは、憲法学者の宮沢俊義が提唱したもので、1945年8月のポツダム宣言受諾は、体制転換であり、法的には、「革命」が起こったと捉えることができるという説です。
しかし、そうはいっても、それは法学上の擬制・フィクションであって、実際に、民衆が大日本帝国を体制変更させたわけではない。倒したのは、どうひっくり返ってもアメリカです。
そう考えた時に、ゴジラに対する民間の群民蜂起、自警活動は、「未発の市民革命」の代替物といえるかもしれない。
ゴジラへの勝利は、日本の人民の勝利であり、市民社会成立の第一歩であったと。
が、しかし、それは、おおいなる誤謬ではないでしょうか
永遠なる「国家」
そもそも、「国家」とは何でしょうか。
この日本語の「国家」は、日本語だと「国の家」となってしまい、それだけで特定のイメージを喚起してしまうのですが(家族国家、天皇制国家)、政治学の概念上は多種多様な異なる概念があります。例えば、ポリス、レス・プブリカ、ネイション、ステイト、ガバメントなど、思想や時代によってその態様は様々です。
ここで、とりあえず、その最大公約数であろう定義として、「政治的共同体」の意味で用います。
例えば、宗教的共同体なら教会、血縁共同体なら家族、など、様々な○○的共同体が世界には溢れています。その内の政治的共同体としての「国家」が問題です。
そもそも、ここでいう「政治」の定義自体が百家争鳴、議論が絶えません。
一体、古今のあらゆる政治的共同体が、「政治的」を冠する固有の意味は?
その答えに、論理的ですが無遠慮に、一切飾らずに答えているのが、20世紀のドイツの政治思想家・公法学者のカール・シュミットです。
彼はどう言ったか?
そもそも、あらゆる分野には、それ固有の究極的な区別があるからこそ、それが成立します。
美的なものであれば、そこには「美」と「醜」の区別があり、道徳には「善」と「悪」が、経済には「利」と「損」が・・・etc.
では「政治的なるもの」をそれたらしめている固有(特殊)の区別とは何か?
シュミットは、「友」と「敵」の区別こそ「政治」の本質であるとする、いわゆる「友敵理論」を唱えます。
あらゆる分野の区別も、それが闘争の色彩を帯びて来れば、やがて「政治的なもの」に転化し、友と敵に分かれます。
友と敵に分かれると、そこに初めて、「政治」が立ち現れる。
ここにひとつの有力な定義が見出されました。
ここから導き出されるのは、こうです。
ゴジラが敵として認識されれば、それは最早、「政治」的であるし、であるならば、そこでゴジラと戦った「社会」なるものは、既に一つの政治的存在に変質しているのではないか、と。
旧国家の軍事的遺産を継承した社会の勝利は、それを継承したことによって、「政治」化したのではないでしょうか。
国家の民営化をあたかも国家の消滅と取り違えてしまうのは、現在の公的な国家のあり方を国家のプロトタイプとして自明視しているからである。こうした陥穽をさけるためには、国家を存在させているもっとも基礎的な原理にまでさかのぼることが不可欠だ。われわれが暴力の社会的機能から国家を概念把握するのはそのためである。
萱野稔彦『国家とはなにか』以文社、2005年、142頁。
つまり、本作での、「社会」の勝利とは、メビウスの輪のようなもので、近代国家とは別の形態を採った政治的共同体が、ゴジラを倒したことに他ならない。
政治的なるものを、否定して、政治的な事象に対応しても、それは、結果的に政治的に対処する別の政治的共同体に過ぎません。
それは、トートロジーのような、メビウスの輪にからめとられているに過ぎない。
軍隊が、なぜ怪獣に対峙するのかという大前提は、それは、「敵」であるからに他なりません。つまり、シュミットのいう「政治的なるもの」以外の、何者でもないことに、気づかざるを得ません。
故に、この作品の「社会」の勝利とは、壮大な錯誤の夢なのかもしれません。
思想的な制作意図が、もし、反国家・反政治的な地点(あるいは「社会的なるもの」の地点)から出発していても、蓋を開ければ、その「社会」は新たな政治的共同体となっていたのです。



