ピッチャーズ・マウンドに立つ投手のように孤独感を味わうのも歴代の総理と同じだと瀬川は感じた。たまにサードやファーストから声がかけられることはあるが、しょせん、投手は孤独だ。ピッチャーズ・マウンドに立つと、口汚いスタンドからの野次がどれほど反響し腹に応えるか。投手になった者でないと分からないだろう。
麻生幾『宣戦布告』(上)講談社、1998年、325頁。
戦後半世紀以上、一応、平和を謳歌してきた日本ですが、フィクションの世界では数々の「有事」に見舞われ、その度に、苦渋の決断に迫られるのが、行政府の長たる内閣総理大臣です。
今回は、邦画やアニメの中の「日本有事」の首相たちを見ていきます。
そこには、お国柄や、国民の願望など、様々な深層が潜んでいそうです。
タイプA「決断型」
有事、国難に際して、政治的決断を下せる最高責任者。
まさに、これがこのタイプAですが、意外と、このタイプの首相がいない。
ざっと見渡して、出てきたのが、映画「日本沈没」(1976年)の山本首相(演:丹波哲郎)と「ゴジラ」(1984年)の三田村首相(演:小林桂樹)です。
映画「日本沈没」(1976年)は、文字通り、国土消滅という亡国の瀬戸際で獅子奮迅の働きを見せる山本首相を丹波哲郎が演じますが、作中、様々な「決断」にさらされます。
ほとんどトラウマものの第二次関東大震災。
大火災に追われ、皇居(作品内では「宮城」なのが時代を・・・)に殺到する市民に対し、皇居の門は固く閉ざされています(なんと機動隊が避難民を阻止!警視庁は武器使用の是非を官邸に問う始末!)。
それを知った山本は、
「門を開いてください!!非常災害対策本部長・内閣総理大臣の命令です!」
と電話で宮内庁長官へ毅然として命令します。
また、日本の黒幕である渡老人との密会の席で、渡老人が、ひとつの「提案」をします。
「何もせんほうがええ・・・。」
このまま何もしないで、日本人は沈みゆく日本列島と運命を共にすべきだと。
「・・・何も、せんほうが、ええ?」
聞き返す山本首相の眼には涙がたたえられます。屈指の名場面です。
山本は、とにかくひとりでも多くの国民を「救おう」とします。それが全編に渡って通底しています。
「十万人が不可能だったら一万人だっていい、一万人が駄目だったら千人でもいい、千人が駄目だったら百人でいい、いや一人だっていい!」
丹波哲郎の鬼気迫る熱演は、腹をくくった政治家の姿を見せてくれます。
次に「ゴジラ」(1984年)の三田村首相(演:小林桂樹)。
ゴジラの出現により、国際情勢が緊迫する中、決断を迫られます。
米ソ両国は、足並み揃えて、日本国内での、ゴジラに対しての戦術核攻撃使用の了承を三田村に迫ります。
しかし、三田村はこれを拒絶します。
「安全な核兵器など存在しない」「一度使用してしまえば均衡が崩れてしまう」と。
そして、米ソ両首脳にホットラインで直談判します。
「もし、あなた方の国アメリカとソ連にゴジラが現れたら、その時あなた方は、首都ワシントンやモスクワで、躊躇わずに核兵器を使用する勇気がありますか」
そこには、ヒロシマ、ナガサキに続いて、「トーキョー」を加えないという覚悟が感じられます。
★ゴジラと政治は、過去記事がありますので、こちらもどうぞ↓
ちなみに、映画「ミッドナイトイーグル」の渡良瀬首相(藤達也)もこのタイプに近いでしょう。
地下指揮所で、やむを得ない攻撃命令を出す際、渡良瀬は、その攻撃で犠牲となってしまう主人公の幼い息子に、腰を落として目線を合わせて語り掛けます。
「坊や、このおっちゃんの顔、よーく覚えとくんやで。悪いのは全部このおっちゃんや」
自身がコラテラルダメージの責任者であり、結果的に人殺し、父親の仇であると。
なお、アニメで探しても、首相が登場する作品自体が少ないのですが、アニメ「ブルーシード」の首相(役名なし)も、このタイプかもしれません。
これらAタイプの首相は、理知的であり、政治責任を背負って、政治判断を下せる、いわゆるステートマン(statesman)です。
日本の硬直した政治制度・官僚制は別にしても、その中で、最大限に、最善の決断・行動をなせる人物。
つまり、これは、日本人の理想とする首相像な訳ですよね。
「色々と問題のある国だけど、土壇場で、腹切り覚悟で、なんとかしてくれる大人物はいる」という一種の楽観論であり、希望的観測であり、政治的メシア主義です。
要するに、カッコ良すぎるんです。
タイプB「調整型」
カッコよすぎるステートマンではなく、現実の政治家を範としたのがタイプBの調整型です。
この種の首相は、行政府の長ですが、与党内、各省庁、野党・国会対策、世論、おまけに外国政府と、「調整」して、政治的決定(妥協点)を探っていく形になります。
時に無力であったり、無能に見えたり、優柔不断に見えますが、これが現実でしょう。
北朝鮮特殊部隊の国内侵入による原発テロと極東有事という、日本有事ド直球の映画「宣戦布告」では、諸橋首相(演:古谷一行)は、憲法や自衛隊法の壁や、世論などに振り回され、武器使用に逡巡します。
映画「亡国のイージス」の梶本首相(演:原田芳雄)は、護衛艦の叛乱と、東京への化学弾頭の発射の危機に直面します。防衛庁に到着した際、
「今日中に選挙区帰らなくちゃならんのに、まったく」とぼやきます。
自衛隊内一部勢力による大規模なクーデター計画を察知した政府の混乱と、その極秘の内での鎮圧を描いた映画「皇帝のいない八月」の佐橋首相(演:滝沢修)は党内の分裂危機に晒されます。
アニメでは、「ガサラキ」の首相(役名なし)は、日米開戦(金融のパールハーバー)を目論む自衛隊一派とバックの財閥の掌の上で上手く踊らされます。最後にテロの凶弾に倒れ病床の人となり、自衛隊主導の治安機関「安全保安部」成立の人柱になってしまう。
ここで見られる首相像は、高邁なステートマンではなく、政治力学の微妙な調整と偶然によって、その座に就いた政治家であり、その説くところは、首相は決して政治的メシア、英雄ではないということではないでしょうか。
これは、特に映画「シン・ゴジラ」に象徴されている点です。
シン・ゴジラには二人の首相が登場しますが(首相がゴジラ襲撃で死亡する為、総理臨時代理に交代する)、首相個人の決断というよりも、政府機構(官僚制)そのものが、ひとつの機械としてゴジラと戦います。
官僚映画とも揶揄される本作ですが、現実の国家権力とは、そういうものではないでしょうか。
タイプC「登場しない?」
邦画・アニメにおける第三類型は、そもそも「登場しない」です。
核爆弾を自宅で作ってしまった教師が日本政府を脅迫する映画「太陽を盗んだ男」。
大怪獣ガメラが日本に出現して、他の怪獣と戦う映画「平成ガメラ」シリーズ(三部作)。
まさに「有事」なんですが、いずれも首相は登場しません。
「太陽を盗んだ男」では警察庁長官、「平成ガメラシリーズ」では内閣官房長官(ガメラ2)が、それぞれ登場する最高位の政府高官です。
作品の演出意図にもよりますが、ポリティカルな、政治的なダイナミズムを見せたい場合に、行政府の最高責任者が出てこないのは、違和感を感じるところです。
例外的なのが、ポリティカルサスペンス以外の何物でもないという、稀有な劇場版アニメ「機動警察パトレイバー2 the Movie」は、逆に首相、あるいは政府指導部は一切出てこないことが、作品の質を上げています
これは、本作が政治哲学的な「戦後日本論」として、現実の首相・政府といったものを後景化・抽象化・記号化して日本論を展開するという意図を持っていたためでしょう。
現実の首相達
以上、フィクションの首相たちを見てきたわけですが、では現実の首相は、どうだったのでしょうか?
昭和元禄・天下泰平と申しましても、実際には、有事寸前、あるいは有事と呼ばれるべき事象もありました。今回は戦後の4人の首相にご登場いただきます。
三木武夫(第66代首相)
1976年9月6日、函館空港にソ連軍のミグ25戦闘機が領空侵犯の上、強行着陸するという、いわゆるベレンコ事件が発生します。
パイロットのベレンコ中尉は米国への亡命を申請。一方、ソ連軍の最新鋭戦闘機は、函館空港に留め置かれました。
西側が喉から手が出るほど欲しかった機密の塊であるソ連機は、逆にソ連指導部にとっては絶対に西側に渡したくない代物でした。
そんな中、米国から「ソ連軍特殊部隊が、ミグ25を奪還もしくは破壊する為に函館に侵攻する可能性大」という機密情報がもたらされます。
すわ、有事、日ソ開戦か!
自衛隊は緊張し、臨戦態勢に移行していきますが、その時、我らが自衛隊最高指揮官殿はどうしていたか?
何もしません。当時永田町では、「三木おろし」の風が吹き荒れ、ソ連との「戦争」よりも与党内の「政争」に忙殺されていました。
ソ連軍が侵攻してくるかもしれない・・・。
映画ならば、さぞ、見せ場であろうその時、官邸は実質的に機能不全に陥っていました。
こうなると、泥をかぶるのは「現場」です。
現地の函館駐屯地・第28普通科連隊は、法的根拠も命令もないままに、「迎撃準備」を進める破目に陥ります。
村山富市(第81代首相)
1995年は「戦後最悪の年」と呼ばれました。
1月には阪神淡路大震災が、そして3月には地下鉄サリン事件が発生し、世相は騒然。
そんな時に、首相となっていたのは、社会党の村山富市です。
まさに防衛・治安マターが次々押し寄せるこの時点に、革新政党の党首が首相の座にいるというのは、歴史の皮肉を感じますが・・・。
ともかく、村山政権はこの事態に対処する訳ですが、阪神大震災で露呈したのは、日本国内閣総理大臣は、日本で最も情報から隔離させられる存在という事でした。
執務室にいた村山総理はテレビさえつけていなかった。その時、総理は、日本で一番事態を認識していない国民だった。
麻生幾『情報官邸に達せず』新潮社、2001年、77-78頁。
小渕恵三(第84代首相)
「臨海事故」
これほど、戦慄すべき事故は他には無いのではないかという程に、忌まわしい言葉です。
1999年にそれは起こりました。東海村JCO臨界事故です。
バケツで臨界事故という、まるで悪い冗談のような話ですが、このジョークには続きがあります。
この臨界事故という「有事」の真っ只中に、小渕恵三は、ジャーナリストの佐野眞一に電話をかけ、留守電にメッセージを残したそうです。
臨界事故という国家的危機に際し、宰相として何か私に伝えたいことでもあるのかと思い。仕事場の留守番電話を聞きとると、予想とはまったく違う、メッセージが入っていた。
「ご丁寧なお手紙、ありがとう。娘もたいへん喜ぶと思います」
その数日前、私は小渕にインタビューの令状を出していた。
(中略)この緊張感のかけらもないメッセージを聞いたとき、大袈裟ではなく、この国はもうだめだ、と思った。
佐野眞一『クラッシュ』新潮社、2008年、117頁。
首相・政府と現場あるいは現実との、この距離感。
これは、更なる災厄を予感させるものです。
そして、その「予感」は12年後に現実になります。
ちなみに、この事故を題材に「日本沈没」を組み合わせたかのような隠れた名作があります。勝谷誠彦の小説『ディアスポラ』です。
菅直人(第94代首相)
おそらく戦後、いや、日本有史以来最大の危機であったのが、2011年3月11日、東日本大震災の際の福島第一原子力発電所の原発事故でしょう。
最悪、東日本を「失う」恐れすらあった。
この時、首相の座にいたのが菅直人です。
阪神大震災に続いて、またもや革新政党の党首が震災対応に当たることになります。
一体、何の配剤か。
それはさておき、正真正銘の国難であったこの時、菅直人は、フィクションの首相でいうところのタイプA、タイプBのいずれだったのでしょうか?
事実は小説よりも奇なり。予想の斜め上を行きます。
「イラ菅」の異名を持つ菅首相は、事あるごとに官僚や東電関係者に声を荒げていたようです※1。。
「怒鳴り散らす」首相像というのは、フィクションでも想定していなかった姿ですね。
【脚注】
※1.震災・原発対応の際の首相の動静に関しては、船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』(上・下)文藝春秋、2013年。