海外ドキュメント「世界一豪華な刑務所の内側」感想~なぜ「社会防衛」にばかり拘るのか?

先日、NHKで、「世界一豪華な刑務所の内側」(原題:The World‘s Most Luxurious Prison/イギリス 2020年)が放送されました(NHKの「BS世界のドキュメンタリー」及び「ドキュランドへようこそ」内にて)。

舞台は、ノルウェー。

かの地にある「ハルデン刑務所」を、元英国刑務所担当相アン・ウィデコーム女史が訪問し、見学と関係者へのインタビューをしていくというドキュメンタリーです。

このハルデン刑務所は「世界で最も豪華で人道的な刑務所」と言われています。

はっきり言って、事前知識なくこの刑務所を見せられたら、多くの人が卒倒してしまうかもしれません。

ウィデコーム女史は卒倒こそしませんでしたが、目を剥いて、言葉の端々に皮肉が漏れます。

世界で一番豪華な刑務所

所内には職業訓練の為の工場も設置されています。最新の設備・工具が設置・用意されていて、囚人に対して指導員が資格を取れるように指導してくれます。また、危険な工具を囚人が手にすることもできます。

森の中に宗教施設もあって、服役囚が宗教プログラムに参加することができます。

ここまでは、そんなに驚かれないでしょう(それでも日本の刑務所のそれとは比較にならなにほど豪華です)。

では、以下はどうでしょう?

  • 所内に鉄格子がない。
  • 刑務所の敷地内は公園のような環境
  • 清潔で開放的な館内
  • カフェのような図書室
  • ボードゲーム(チェス等)も常備
  • 品数豊富なコンビニエンスストア(もちろん服役囚が買い物する為です)
  • 個室(独房)にはシャワー付きバスルーム、ベッド、テレビ、DVDプレーヤー、冷蔵庫。

イメージ的には、小学生や中学生の林間学校などで使われる、小綺麗な大規模公共宿泊施設とホテルの中間のような施設です。

女史がインタビューした服役囚(懲役20年、罪状は非公開)の男性は、自ら淹れたコーヒーを女史に振舞ってました。

日本でも、交通刑務所や民間刑務所(半官半民で運営されるPFIの社会復帰センター)などでは、「寛大」な扱いを受刑者は受けますが、とてもじゃないが同日の談ではない。ここまで至れり尽くせりではない。

如何でしょうか。もう相当カルチャーショックを受けているかと思われますが、本題はこれからです。

・刑務官は、入所してきた服役囚とは、まず握手を交わす。

・一切監視のつかない面会室

→週に何回か、家族や恋人と面会が出来ます。面会と言っても、ガラス越しではなく部屋で過ごせます。そして、驚くべきは、備品としてコンドームが用意されており、室内でセックスすることも可能です(!)

・面会者と滞在できるコテージ

→1泊か2泊で、子どもを含めて家族と過ごせます。

・音楽スタジオ

→囚人が自己を表現する為の芸術の場です。番組中では囚人が自作のラップを収録していました。壁にはギターが並び、ここが刑務所とは誰も思いません。

・ラジオの収録

→上記の音楽スタジオで、ラジオの収録が行われ、囚人の声を外に届けます。

そして、驚きを隠せないのは、ここに収容されている囚人の罪状は、決して「軽い」ものではないこと。

経済事犯、交通違反や窃盗、過失犯といったものではなく、凶悪犯罪者であること。

麻薬密売や殺人などの生命犯、そして、「魂の殺人」と言われる強姦・子供への性的犯罪など・・・。

(女性刑務官も多数勤務しています)

刑罰応報主義と刑罰矯正主義

如何でしょうか?これを聞いて、皆さんはどう思われますか?

不快感や憤りでしょうか?それとも、さすが北欧は人権先進国だという称賛でしょうか?

この感覚の差は、刑務所、というよりは刑罰それ自体の「目的」を、どこに設定しているかの差だと思います。

刑罰には、大きく分けて、2つの考え方があります。

  • 刑罰は復讐・因果応報としての罰なのか?(応報刑、贖罪刑)
  • 再教育・更生・矯正・再犯予防するものなのか?(目的刑、教育刑)

日本の場合は、国民の応報感情が強く(死刑制度支持率の高さ)、刑罰のイメージは前者が強いようですが、今回紹介されたハルデン刑務所は、完全に後者の目的に沿ったものでしょう。

EUは死刑廃止が加盟国に規定されていますし、ノルウェーは終身刑すらありません。

それは、最終的な社会復帰が念頭にあるからです。

ノルウェーのウトヤ島等で起きた77人もの青少年を虐殺したテロ事件(2011年)の犯人すら懲役10~21年です。

刑務官はソーシャルワーカー的な役割を持っているとすら、所長は答えます。

刑務官と服役囚が同じテーブルを囲み、トランプを愉しむ場面もありました。

服役囚の言葉を借りれば「刑務官は優しいし、住み心地は良いし、受刑者同士も仲が良い」。

全ては、ここで「外と同じ普通の生活」を営ませ、社会復帰させた時に、彼らを「良き隣人」にするために。

実際、ノルウェーの再犯率は25%と、世界最低クラスです。

ウィデコーム女史も、英国とノルウェーなら、後者の方が社会更生に成功するだろうと感想を漏らします。

なぜ「社会防衛」に拘るのか?

しかし、そもそも、再犯率を抑える、社会復帰を成功させる、とはどういう事でしょうか?

自明のことのようですが、改めて確認すると、それは要するに社会の秩序を維持する「社会防衛」という事になります。

市民の安全を守る為。

犯罪者を隔離してしまえば、それで秩序は回復します。ですが、終身刑や死刑がない有期刑の国ならば、いずれ、出所し、彼らは隣人となります

その時、彼らが狼であってはならないのです。

なるほど、確かにこれは合理的です。

しかし、なぜ、「社会防衛」ばかり(・・・)に拘るのか?

つまり、刑罰の、もっと広く言えば「罪と罰」の問題は、社会防衛の問題だけで処理していいのでしょうか?

皆さんとっくにお気づきの通り、ここには被害者あるいは遺族の問題は入っていません。

なぜ、社会防衛の問題に、被害者や遺族の問題が入ってこないかというと、それは秩序の維持という「コスト」の問題に、刑事政策を還元してしまう悪しき慣習が、現代に染みついているからではないでしょうか。

番組中、受刑者自身が、ハルデン刑務所のような刑事政策は「結局、国にとって安上がりだ」と言う場面があります。

確かに、コストとしては安いのかもしれません。

しかし、コストでは測れない、否、全く別次元の問題が残されています。

それは、「罪と罰」自体の問題です。

忘れてはならないのは、彼らは、凶悪犯です。

「取り返しのつかない」罪というのはある。

ハルデン刑務所が非行少年や軽犯罪、過失犯の刑務所であったなら、この疑問も出てこないでしょう。ある意味「取り返しがつく」と言える部分がある。

ところが、「取り返しのつかない」生命犯・強姦犯といった凶悪犯罪は、「罪」(の結果)自体は消えようがない。

「罪」には「消える」ものと「消えない」ものがあって、両者は全く違う次元にあるという認識が必要に思えます。

見え隠れする「経済」の専制

本来、「社会防衛」と「罪と罰」の問題は関連しますが、本質的に別の問題です。

それを、治安のコスト、刑務所のコスト、終身刑のコスト、更生のコスト、再犯のコスト・・・etc.、と、全て「コスト」を念頭に論じたり、政策決定するので、おかしなことになります。

これは、現代の病理たる「経済の専制」が背景にあります。

経済効率、生産性、コストパフォーマンス・・・

これらが最優先にリストの上に挙げられるのが現代です。

しかし、これを突き詰めると、道徳や倫理、または、ハルデン刑務所で掲げられる「人道的」といった諸概念は放棄されるか有名無実化しかねません。

「民主主義は金が掛かるからやめよう」みたいな話になってきます。

我々の世界には明らかに、「経済」の観念を無視して(あるいは低い考慮として)決定すべきものがあるのではないでしょうか。

では、「ノルウェーの刑事政策は駄目だ」「刑罰は絶対的に応報であるべきで、それが正義に適う」(絶対的応報刑論)と主張しいたいのか?と問われると、正直、頭を悩まします。

「いと高き法廷で裁かれるでしょう」

答えはないのですが、参考になりそうなのは、カール・ヤスパースの罪の4つの分類です。

(この議論自体はニュルンベルク軍事裁判を巡ってのものでした。)

  1. 刑法上の罪(審判者は裁判所)
  2. 政治上の罪(審判者は戦勝国)
  3. 道徳上の罪(審判者は自己の良心)
  4. 形而上の罪(審判者は神)

経済(コスト)を視野の外に置いて、「罪と罰」そのものに焦点をあてるということは、③と④の問題になります。道徳・倫理・信仰、そして哲学の範疇です。

いくら応報刑を課しても、矯正刑で諭しても、その罪人の内面の良心を伺い知ることは出来ません。

また、生命犯であれば、もはやこの地上にいない被害者に何ら償うことなどできないのではないか。

刑罰はそもそも大きな矛盾を抱えています。

窮まって、「いと高き法廷で裁かれるでしょう」としか、言えなくなってしまいそうです。