2022年1月21日に、防衛大学に留学しているベトナム人青年が、警視庁に逮捕されたという報道がありました。
容疑は出入国管理法違反(金に困り、在留カードを他人に渡したらしい)。
その詳細は、置いておくとして、問題なのは、SNSなどのネットの反応でした。
数多く聞かれたのが、「防衛大学に留学生がいるのが信じられない」「留学生はスパイだ」などの反応です。
思わずコーヒーを吹き出してしまいました。
防衛大学は大学じゃない
そもそも、防衛大学(防大)とは何でしょうか?先ほどから「防衛大学」と連呼していますが、これは便宜上であり、防大は「大学」ではありませんし、正式名称は違います。
防大は「防衛大学校」です。
「大学」と「大学校」は全く違うものです。
「大学校」というのは「省庁大学校」とされるもので、様々な大学校が存在します。
水産大学校、消防大学校、税務大学校、気象大学校、警察大学校・・・etc.
一見してわかるように、また名称から明らかなように、各省庁が設置していることがわかりますね。
防大もそのひとつです。
さて、防大の場合、高校等を卒業して、受験の上、入学してくるので、この辺りまでは、普通の「大学」と同じそうですが、ここからが違います。
防大生は、特別職国家公務員(自衛隊員)の身分を与えられるのです。そして、学生手当をもらいながら、4年間を過ごします。
勿論、遊んでいる暇などありません。そもそも全寮制であり、厳しい集団生活(軍隊生活)が待っていますから。
防大生は、学生隊に編入され、4個大隊に編成されます(!)
一般大学のカリキュラムに加えて、防衛学(軍事学)のカリキュラムが存在し、軍事訓練も行われます。
幹部自衛官(将校・士官)になるための「士官学校」です。
ちなみに、省庁大学校は、様々な形があり、防大のように、高校等卒業者が入学してくる一般大学に近い形のもの(海上保安大学校、水産大学校、国立看護大学校など)もあれば、中堅幹部や上級幹部の研修機関のような形のもの(警察大学校、消防大学校など)もあります。
海外からの留学生受け入れは「異常」?
さて、防大がなんであるかは、ひとまず掴めたとして、その防大が「留学生を受け入れているとは何事だ!」論を考えてみましょう。
そんなに異常なことなんでしょうか?
防大のホームページなどを覗けば、すぐにわかりますが、防大は各国から留学生を受け入れています。
100人を超えていますね。
なぜ、受け入れているのか?
答えは簡単、「国際交流」です。
しかし、国際交流と言っても、防大のそれは、かなり特殊な意味を持ちます。
先に見たように、防大は「士官学校」です。
(但し、防大卒業の後に陸海空の幹部候補生学校への入校があるので、単純に防大=士官学校と言えない面はあり、予備士官学校かもしれませんが、便宜上)
その士官学校に留学してくるのも、各国の同じ士官候補生たちです。
つまり、日本と各国の「軍事エリート」(の卵)が、交流するということになります。
(件の逮捕された学生も、「ベトナム陸軍士官候補生」ということでしょう。)
やがて彼ら彼女らは、各国の軍隊を指揮統率することになり、将官になる者もいるでしょう。
その彼らと面識を持つこと、彼ら彼女らの軍事思想・文化を知ることは、非常に重要なことになります。
将来の、共同訓練、国連での共同活動、情報の収集活動、または共同軍事作戦などの際に、きっと資するでしょう。
逆に、軍事エリートが全く「国際交流」しない状態というのを想像してください。
外を知らなければ、蛸壺化してしまうことは目に見えています。
それは彼我の状況判断を誤り、国策を誤らせることは、歴史が教えています。
防大からも米国をはじめ、各国の士官学校に留学生を派遣しています。
このような国際軍事交流は、軍隊にとって「普通」のことです。
北朝鮮軍ですらやっています。
その感想に「無知」はないか?
今回のネットでの反応を見て感じたのは、国防に好意的な層(いわゆる保守層)ですら、軍事学・安全保障論を学ばずに、「気分」で語っているという惨憺たる言論空間の状況です。
日本の保守層、即ち、リアルポリティクス、パワーポリティクスの観点から国際政治を観る立場ならば、国際政治学や軍事・安全保障の「教養」は必須な筈です。
否、思想・イデオロギーに関係なく、最低限の「教養」は必要であり、それ無しで語っても、結論はとんでもない方向に言ってしまいます。根無し草です。
左派にしても、マルクスの思想に何ら興味を持たず、学ばない人々もいるので、どっちもどっちではありますが。
今回だけではなく、ネットの議論で散見されるのは、左右のイデオロギー云々というよりは、これは完全な「教養」「教育」問題です。
イデオロギー以前のお話。
まず、口を開く前に学ぼう。
でも一応、フルンゼ事件
とまあ、そういうことなんですが・・・。
留学生を狙った「情報活動」が全くないと言ったら嘘になります。
例えば、先に北朝鮮軍も留学していると書きましたが、その関連で、「フルンゼ事件」について触れておきましょう。
1990年代に、ソ連軍のフルンゼ軍事大学に留学していた北朝鮮人民軍の将校らがKGB(ソ連国家保安委員会)の工作活動を受けていたとされる事件です。
要するに、北朝鮮の将校らを、硬軟織り交ぜて(女、金、脅迫)、ソ連側の傀儡・内通者に仕立てたようです。
これがソ連崩壊で発覚して、人民軍内の一大粛清に繋がりました。
まあ、今回の事件とは全く異なるケーズではありますが・・・。
【参考文献】
中森鎭雄『防衛大学校の真実』経済界、2004年。
防衛研究会『防衛庁・自衛隊』かや書房、1996年。
※読者の方から、防大生の身分に関しての誤認のご指摘を受けましたので、一部訂正致しました。