「我が親愛なるアメリカ国民の皆さん、皆さんにこれを伝えられる事を喜ばしく思います。私は、今しがたロシアを永遠に非合法化する法案に署名しました。我々は5分後に爆撃を開始します。」
ロナルド・レーガン(1984年8月11日、誤って放送された大統領のマイクテスト)
米中新冷戦が語られて久しく、米ソ冷戦を知る世代が少なくなってきました。
米ソ冷戦時代、日本は、反共の最前線で、ソ連軍の日本侵攻がまことしやかに語られ、政府も自衛隊も、ソ連軍対日侵攻を本気で(?)、想定していました。
自衛隊内で、最大の仮想敵といえば、「対抗部隊甲」(=ソ連)であり、他方の「対抗部隊乙」(中国)、「対抗部隊丙」(北朝鮮)はそれに比べれば大きな脅威ではなかったのです。
しかし、忘れたはずの亡霊だった、それが今、再び注目されています。ソ連の後継たるロシアは、まさかのウクライナ侵攻を開始しました。
そこで、この記事では、冷戦時代に描かれた、ソ連軍の日本侵攻を、「戦争劇画」の第一人者・小林源文の漫画作品によってふり返ってみましょう。
また、作品紹介により往時を偲ぶだけではなく、当時の防衛構想や現実の安全保障政策も交えていきます。
「ソ連が来る!」
「グレートゲーム」というのをご存じでしょうか。19世紀後半から20世紀前半にかけて、帝政ロシアと大英帝国で、戦われたユーラシア大陸の覇権争いです。
それが、20世紀中盤から、プレーヤーをソ連とアメリカ合衆国も変えて、争われました。
ソ連(ロシア)は歴史的に、「膨張的防衛」政策を採ります。長年、侵略に恐怖してきたロシアは、少しでも、安全距離(戦略的縦深)を確保しようとしますが、それが、ロシア以外のl国々からは、膨張・帝国主義に見えるというジレンマです。
ナポレオンのロシア遠征やヒトラーのバルバロッサ作戦を例に挙げるまでもなく、西欧は、ロシアにとって潜在的脅威です。
なおかつ、米ソ冷戦においては、西欧は、米国を盟主とする西側世界の中核であり、米国の橋頭堡に目見えます。中ソ論争以来、孤立を深めるソ連が、西側に対して、冒険的な、起死回生の一手を打つのかどうかは、誰にも分りませんでした。
万が一、ソ連が西側との通常戦力による全面戦争を決意した場合、その主攻は西ヨーロッパ(西ドイツ侵攻)であって、陸続きの北ドイツ平原にソ連軍を中核とするワルシャワ条約機構軍の雲霞のごとき大軍が押し寄せます。
この西欧でのワルシャワ条約機構軍とNATO軍の激闘の方は、同じく小林源文の『第三次世界大戦』をご覧ください(こちらも凄い作品です)。
これに対して、極東では、米軍に多正面(二正面)作戦を強いるため、日本侵攻が助攻として企図されると見られていました。
ソ連の膨張的防衛は、南下政策をもたらします。
それは、ソ連の国土の多くが、雪と氷を大森林に閉ざされているからです。
自由な、海への飽くなき欲望、それがロシアを突き動かします。
それ故、日本列島は、立ちはだかる防波堤であり、同時に魅力的な存在でした。
それに勘案すれば、西欧侵攻と呼応した日本侵攻は、千載一遇の好機とも言えます。
2つの日本侵攻シナリオ
戦後、朝鮮戦争の場大発に伴い、出動した在日米軍の穴埋めとして、「警察予備隊」が創設され、戦後日本お再軍備は、スタートしました。
やがて、警察予備隊、保安隊を経た陸上自衛隊(陸自)は、全国に満遍なく部隊を配置しようとしたため、13個の戦略単位(師団)を全国に配置する形を採ります。
元々、米軍との協議で、32万人程度の地上兵力を念頭に置いている上での決定でしたが、志願制で、かつ平和憲法下での再軍備で、そんな兵力を確保できる筈もなく、「薄く広く」の配備となってしまいました。
よって、陸自には、師団とは名ばかりの実質「旅団」が13個配備されることになりました。
しかし、本来であれば、北海道などのソ連と対峙する地域、侵攻の蓋然性が高い地域に、重厚な部隊を配備すべきです。
まず、その蓋然性が高いのが、北日本、北海道です。
千島列島からも、樺太からも、最短距離。
ですから、北海道に着上陸侵攻することは、コスト面から第一候補でした。それに、ここは、かつて、みすみす「逃した」大魚でもあります。
第二次世界大戦末期、スターリンは、北海道への侵攻を目論んでいました。実際、米国側に、根室―釧路を結ぶ線より以北の占領を打診しましたが、拒否されて、断念した経緯があります。
スターリンの雪辱を晴らさんと、ソ連極東軍が、北海道に侵攻する。
日本側も、ソ連と開戦した場合、北海道に大挙、侵攻するものと仮定していたので、自衛隊は、13個師団体制は崩せないまでも、せめて北海道(北部方面隊)への配備と人員の充足を最優先としました(北方重視)。
結果、北部方面隊は、機甲師団1個、普通科師団3個の5万人の部隊に膨れ上がりました。
しかし、師団が外国基準では実質「旅団」である以上、北部方面隊は、実際は、1~2個師団というところが妥当な戦力です。
有事には、本州以南からの増援計画もありましたが、津軽海峡を隔てた北海道に、そう簡単に移動できるのか…。

このような日本とは対照的だったのが、韓国です。韓国陸軍は、その現役師団のほとんどを、38度線(DMZ=非武装地帯)沿いに集中配備して、北朝鮮軍と対峙する方式を採用しており、それ以外の後方地域は、「ガラ空き」状態です。
韓国にとってさらに頼もしいのは、在韓米軍に米陸軍第2歩兵師団が配備されており、南北開戦の折には、直ちに、参戦することになることです。
一方、対照的に、在日米軍は、その大半が、海軍・空軍部隊で、陸軍の地上戦闘部隊がいません。
日本の場合、対ソ戦となった際に、米国がどこまで軍事支援してくれるかは、なってみなければわかりません…。
また、日本を悩ますのは、北海道の精鋭は、津軽海峡を遮断されると、道内から動けなくなる点です。
それは、ソ連が、あえて、本州に直接、侵攻してきた場合、北部方面隊の主力部隊は遊兵化してしまうことです。
北方重視により、相対的に重装備・最新装備を回されず、人員の充足率も低い部隊によって、、本州を守らなければんらなくなる…。
次節では、そんな「戦後日本が震える日」を描いた2作品を、覗いてみましょう。
小林源文『バトルオーバー北海道』
「ダワイ、ダワイ、最終目標はサッポロだぞ」
(ソ連軍戦車将校)
小林源文・他『バトルオーバー北海道』日本出版社、1995年、78頁。
これが王道の「ソ連軍北海道侵攻」
当時、一番多く語られ、実際に自衛隊が備えていたシナリオを、漫画化したのが、本作です。
ゴルバチョフ暗殺、クーデターをきっかけに、世界から孤立したソ連は、対ソ包囲網を打破すべく、西ヨーロッパ、そして北海道へ侵攻を開始した!
道北に上陸したソ連軍に陸自第2師団は遅滞行動しつつ防戦、音威子府(オトイネップ)、名寄、旭川と、国道40号に沿って後退を余儀なくされる。
一方、虎の子の第7師団は反撃の機会を伺う。
果たして札幌を守り通すことができるのか?

語られてきた想定シナリオと本作が違うのは、日米安保が発動されず、米軍来援が期待できないために、自衛隊が単独でソ連軍を迎え撃つ点。
第21戦車連隊(現実は第2戦車連隊)の斉藤三尉と、統幕議長、それにソ連軍士官が主人公。
まあ、劇画調のリアルなタッチと、これまたリアル過ぎる台詞の嵐!

北海道を防衛警備する北部方面隊には、先述した通り、最新鋭の装備が優先配備され、4個師団を主力とする(あくまで本州以南と比較して)手厚い布陣がなされました。
この、4個師団の内、第7師団(千歳)は陸上自衛隊唯一の機甲師団として編成されています(最盛期には戦車300両近くを配備!)。本州以南の戦車部隊から戦車を間引いて、北海道の部隊に増強する「北転事業」なんてのも行われました。
方面隊直轄の戦略予備としての「第1戦車群」(5個戦車中隊)も擁し、とにかくソ連上陸軍のT80やらT72戦車と殴り合う覚悟でした。
陸上自衛隊は、初夏(6~7月)がもっとも「危険」だと考えていたようで、その時期は、演習の形(北方機動演習)で内地から1個師団を道内に「増援」までしていました※1。これで北海道には5個師団が展開する格好となる訳です。
しかしながら、ソ連には北海道への上陸能力も補給能力もなかった、というのが現在の研究者の大方の見方のようです。
実際、アメリカは、西ドイツに強力な陸軍の大部隊を駐留させていましたが、北海道、というか日本本土に陸軍師団を置きませんでしたし・・・(沖縄に海兵師団くらい)。
音威子府とフルダ・ギャップ
ここでポイントになる地名は、北海道の音威子府村。
道北防衛のキーポイントになる場所。浜頓別から伸びる国道275号と、稚内から伸びる国道40号が合流する地点(つまり、道北に上陸し南下してくるソ連軍が殺到してくるということ)。
天塩川沿いの隘路、山間部になっており、防御・遅滞行動には打って付けの地形であり、両軍の激しい戦闘が予想されました。
西独のフルダ渓谷、北海道の音威子府峠、といえばその道では有名です。
このフルダ渓谷は、ワルシャワ条約機構軍に突破されてしまうと、そのままフランクフルトを中心とする西独の重要地域を蹂躙されてしまうので、米軍も強力な1個軍団(米第5軍団)を置いていました。
他方、音威子府は、第3普通科連隊(名寄)が防衛すると思われますが、米陸軍は影も形もありません(在日米軍において米陸軍はメインの軍種ではないのです)。
このマイナーな村を知っていると、「あ、こいつ防衛関係者(orミリオタ)か?」と思われること間違いなしです。
小林源文『レイド・オン・トーキョー』
「全部隊に通達。自衛隊は日本の独立と民主政治を守る為、超法規行動を実施する。」
(統幕議長)
小林源文『レイド・オン・トーキョー』日本出版社、1995年、22頁。
一転、国際政治・国内政治的には、起こり難い設定ですが、侵攻ルートとしての可能性は高かった作品。
日本で、左派政権が成立し、日米安保が破棄される中、宙に浮く自衛隊。
そんな中、ソ連軍は、日本政府の要請により、軍事介入、新潟に上陸。
孤立無援の自衛隊は超法規的に防衛出動し、孤軍奮闘する!
という、シミュレーション漫画。
ソ連軍が防備の高い北海道より、新潟に上陸して、関越道を突進して、東京に侵攻する、というシナリオ自体は、想定シナリオとしてはありました。
作中、ソ連軍特殊部隊(スペツナズ)が青函トンネルを爆破して、北海道との交通を寸断することで、北部方面隊精鋭5万は、遊兵化します

ソ連軍は火力にものを言わせて第12師団を壊滅させます。
当時の内地(本州)師団は、なんとか自動車化はされていましたが(ジープ、トラックの類)、装甲車両は数が圧倒的に足りず、戦車も旧式でした。
その状態で、ソ連上陸軍と交戦、ソ連軍の狙いは、首都圏です。関越トンネルに迫ります。
一方、東京ではソ連空挺部隊が永田町に降下、第1空挺団は一足遅く、撃退されてしまい、皇居前広場にに撤退。
赤坂檜町の防衛庁ではソ連軍特殊部隊の襲撃を受け・・・。
絶体絶命、孤立無援の自衛隊に勝機はあるのか?

「関越トンネルには有事用に爆薬がセットされている」なんて都市伝説がありますが、この話の元は、本作の侵攻シナリオですね。
上記の『バトルオーバー北海道』よりも更に緻密になった劇画と台詞を楽しめます。
また、本作の見どころの1つは佐藤大輔二尉。
会計課から駆り出されて、悲惨な戦闘を経験する内に、人間が変わっていきます・・・。
ちなみに、お気づきの方もいるでしょうが、佐藤二尉、あの未完架空戦記の帝王、作家の佐藤大輔御大のゲスト?出演です。
米ソ冷戦に思いをはせる
ソ連の指導者が影響力を拡げるためにソ連軍をもって西欧あるいは日本に対してなんらかの全面攻撃を仕掛けることの証明でもなかった。しかし、ソ連はそういう国であるというのがわれわれの飛躍した結論だったのであり、その結果は重大な影響を及ぼした
ジョージ・F・ケナン『アメリカ外交50年』岩波書店、2000年、260頁。
いかがだったでしょうか?
時代は変わって、中国脅威論が叫ばれ、自衛隊も西方重視にシフトしています。
私見ですが、米ソ冷戦と米中冷戦を比較していますと、その中で仮想敵国への脅威認識に大きな差があるように思えます。
対ソ脅威論には、日ソ両軍の戦力差は埋め難いものがあり、極東ソ連軍に対して過大な評価をしていました。
曰く、「北部方面隊4個師団が束になってもソ連軍1個自動車化狙撃兵師団には太刀打ちできない」とか、「日ソ開戦すれば、もって、空自15分、海自1週間、陸自1カ月」とかetc.
ですが、先述した通り、ソ連軍にそんな力はなかったという・・・。
幻想のソ連像だったわけです。
他方、昨今の中国脅威論には、どこか中国軍を「軽んじている」「侮っている」感があります。その実力を過小評価していないか?
その背景には、いわゆる「自衛隊スゴイ論」も影響しているかもしれません。自衛隊を変に美化したり潜在能力の高さを誇ったりetc.
しかし、これは極めてナイーブな見方であり、リアリスティックな軍事分析を誤らせる土壌になりかねません。
万が一、日中間で軍事衝突が起こった場合、蓋を開けてみれば、張子の虎だったのは、本邦だった。ということにもなりかねません。
北方重視、ソ連脅威論が叫ばれた時代を振りかえってみるのも有意義では?
【2022年3月追記】
・・・と、米ソ冷戦を振り返ってたところへ、まさかのロシアのウクライナ侵攻が始まり、時代が逆戻りしたような国際情勢になってしまいました。
今回の国際危機が「日本防衛」に及ぼす影響に関して、以下の記事に書きました↓
また、21世紀になっての、「ロシア軍北海道侵攻」を描いた、全く新しい「戦争文学」も登場しています↓
【脚注】
※1.兵頭二十八『日本の防衛力再考』銀河出版、1995年、119頁。

