渡辺一史『北の無人駅から』読後雑感~“試される大地・北海道”、本当に試されているのは誰なのか?

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これら無人駅の物語を通して、私は自分の足元にある「北海道」を確かめたいと思ったし、そこから透けて見える「日本」そのものを見つめなおしたいと思うようになっていた。

渡辺一史『北の無人駅から』北海道新聞社、2012年、9頁(はじめに)

この本を、全く何の前知識なしに手に取れば。10人に10人が、鉄道モノの本、おそらく鉄道紀行に関する本だと思うでしょう。

タイトルもさることながら、表紙カバーも黄昏の無人駅の写真。

かく言う私もその一人です。

しかし、読んでみればすぐに分かる通り、それは全く勘違いであったことに気付くでしょう。

確かに、鉄道、特に無人駅を、話の支点にはしていますが、そこから、その地域(あるいはその分野)の問題点を浮き彫りにし、探求してくというノンフィクションとなっています。

ですから、決して、鉄道モノではありませんし、更にいえば、「北海道」限定のものでもありません。

本書は全7章に分かれていますが、その扱う分野は、農業と農政、自然保護、観光文化、過疎と交通、村落共同体と民主主義・・・etc.と、ある意味とり止めがない。

おまけに800ページにも及ぶ。

しかし、そのどれも、著者は「素人」の視点から出発して、足で稼ぎながら、当事者の声に耳を傾けながら、掘り下げていきます。読む人を、全く飽きさせない。

強いてジャンルをかぶせるなら、「オーラルヒストリー」か。

今回は、サントリー学芸賞も受賞している、そんな本書の気になったいくつかの章について、思ったところを書きました。

第2章 タンチョウと私の「ねじれ」

かつての開拓者たちのように、「オオカミもヒグマも、シカもタンチョウも害獣」と見なして厳しく敵対していたころの方が、野生動物と共存していく上ではるかに健全な関係かもしれない。

『北の無人駅から』172頁。

第2章は、道東での特別天然記念物タンチョウの保護の歴史を見聞きしながら、自然保護の問題を探っていく章です。

美談になりがちなタンチョウへの人工給餌や、当然のように行われるエゾシカの駆除などを取材することで、この「当然」に疑問符を付けていきます。

自然に介入した人間がもたらしものの「負荷」。

終盤、生態系を是正する為の、「オオカミの再導入」の議論も紹介されています。

著者は、その試みも、思わぬ結果を引き起こすのではないか、と危惧します。

この章で感じたのは、一度壊した(失った)ものは、二度と元の形では戻らない。特にそれが自然であった場合、という事です。またそれが及ぼしている影響は私たちの眼に見える形で顕現しているとは限らないのではないか、と。

その当の対象の仕組みをいじる(・・・)ということは、必ずや世界全体のもっている意味と価値のシステム全体にひびいてこざるをえないでありましょう。どんなに関係が薄いように見えていても、そうならざるをえない。

藤沢令夫『ギリシア哲学と現代』岩波書店、2002年、71-72頁。

第4章 風景を「さいはて」に見つけた

第4章では、「流氷」を通して、北海道における「観光」の歴史を追っています。

この章で、「観光地」、その「風景」というものが論じている箇所があります。

風景は初めからそこにあって、誰にでも見えるものではなく、誰かが「発見」し、誰かが広めるという作業があって初めて目に見える風景となる。

『北の無人駅から』435頁。

なるほど。住民にとって、当たり前の「日常風景」が、芸術家らの眼を通して伝えられることによって、いわばフィルタリングされることで、「観光地の風景」に“変身”する。

本書では、いまや北海道屈指の観光地である富良野・美瑛の例を挙げています。

観光地とはそうやって成立する。だから、私たちの身近に当たり前のようにあって、まだ名づけられていない風景が、今も日本全国にはたくさん眠っているのだろう。

『北の無人駅から』435頁。

この一文を読んだとき、慄然とした覚えがあります。それは、逆に、眠ったまま、「風景」として認識されずに消え去っていった「風景」が、どれだけあるか?

もしも「発見」されていたなら、その地域の歴史は全く変わったものになったのではないか、と。

(今や、富良野・美瑛を外して北海道観光が語れないように・・・)

第5章 キネマが愛した「過去のまち」

本章の舞台は、かつて「ニシン漁」で栄華を誇った北海道留萌支庁の港町「増毛町(ましけちょう)」。

その栄華盛衰を丹念に取材しています。

ここでは、増毛が抱く留萌に対する複雑な感情が、住民の口から吐露されています。

かつてはこの地方の中核都市であった増毛が、留萌に逆転されてしまった歴史があり、住民たちは、「昔は増毛の方が・・・」と口々に言います。

取材をするうちに、彼らの発言の要諦は、じつは「留萌よりまし」というところにあるのだということを知るようになった。それは増毛というまちを理解する上でも重要な核心部分のようだった。増毛の人は、ことあるごとに留萌を比較の対象にする。それは、「昔は増毛の方が何でも一歩先んじていた」という思いのひとつながりである。

『北の無人駅から』498頁。

この光景は、別段、北海道の地方都市特有のものではなく、私たちの周りにも「よく見る光景」ですよね。

「うちの町の方が古い」「うちの町の方が格上」etc.

テレビのバラエティー番組では、これを面白おかしく取り上げる企画もよく観ます(●●県VS.●●県とか)。

全国津々浦々、一体この「光景」は何なのか?

ひとつの参考になる考え方として、地方と中央で考えた場合、「より中央へ」「より中央に近い」ことがステータスになる心理が日本人にはあるのかもしれません。

この場合の「中央」とは潜在的に「天皇」です。

政治学者の丸山真男(1914-1996年)は、その代表的論文「超国家主義の論理と心理」の中で、次のように分析しています。

日本では、あらゆる分野(学問・芸術・宗教も含む)が、国家に内包されていて、国家(公)と拮抗する「私(個人)」というものが確立されていない。

結果、個人の価値は、その国家の中心たる「天皇」との距離によって、その価値が決まる。

これは、1946年の論文で、日本帝国の分析ではありますが、本質的に戦後日本も同じ気がします。

日本国内での高いステータスを得ているものを概観すれば・・・

例えば、高級官僚の優越、東大を筆頭とする旧帝国大の優位、東京への羨望と一極集中etc.

全て天皇との「距離」が近いものばかりです。

本書の中で、増毛の住民らは「昔は、支庁も警察署も裁判所も増毛にあった」と口々に繰り返すのは象徴的です。すべて、国家機関!

ひとつの視点として考えてみました。

増毛より留萌が、留萌より札幌が、札幌より東京が・・・

第6章 「陸の孤島」に暮らすわけ

前章に続いて、増毛町。しかし今度はその中でも孤立した集落である「()(ふゆ)」が舞台。「陸の孤島」と言われる僻地ゆえの、濃密な人間関係と閉鎖性に著者も辟易します。

長年、船でしかたどり着けなかった文字通りの「陸の孤島」に、念願の国道が接続されます。

ところが、開通は陰と陽の影響を集落にもたらします。

しかし、現実はというと、雄冬の過疎化や高齢化は、国道開通で歯止めがかかるどころか、逆に進んでいる。「道路」は本当に雄冬の人たちの幸せにつながったのだろうか。

『北の無人駅から』607頁。

いわゆる典型的な「ストロー効果」ですね。

その閉鎖地域から、国道がストローの如く、人や金を吸い上げてしまう。

これも北海道だけではなく、日本全国で見られる現象です。

また、著者は雄冬の住民に、「なぜここに住み続けるのか?」と繰り返し尋ねます。

このくだりは、なかなか考えさせられるところがあるので、是非、本書に当たって下さい。

特に、そう尋ねる著書に対して、老人のひとりが、

「あんたはなんで札幌なんかに住んどるんだ?」

『北の無人駅から』612頁。

と、逆に尋ね返す場面は。

第7章 村はみんなの「まぼろし」

「地方自治は民主主義の学校」

ジェームズ・ブライス

本章では、いわゆる「平成の大合併」によって、自治体としては「消滅」した旧白滝村を取材しています。

現在は、遠軽町の一部になった旧白滝村は、合併の賛否を巡り村を二分する争いとなりました。

人口わずか1200人(合併当時)の白滝村。

この章がいちばん胃がキリキリする感がありました。

1200人程度の人口なら、全員が顔見知り。選挙の匿名性も政治の抽象性もあったもんじゃありません。

横溝正史なみの村落共同体(ムラ社会)の「闇」があるといっては言葉が過ぎるか。

とはいえ、「陰」の部分はある。これは、第6章の雄冬でも垣間見えます。

著者も「村」とはなにかを自問します。

えてして都会においては、「住民と行政の距離」が遠すぎることが問題にとして語られるが、逆に「住民と行政が近すぎる」がゆえの弊害も確実にあるということだった。それが「村」というものであり、人間という存在自体が抱え込んでいる本質的な難しさでもあるのだろう。

『北の無人駅から』719頁。

政治において、特に民主政治を機能させる難しさが、白滝村を通して見えるわけですが、この行政機関と住民の「距離」、換言すれば政治的共同体の「サイズ(規模)」の問題は、政治学においても、なかなか難しい問題です。

サイズの問題は、政治学にとっては大変重要なテーマです。十八世紀まで政治学では、共和制体、とくに民主制体というのはサイズが小さいところでしかできないという考え方がずっと続いてきました。アリストテレスの『政治学』も、その伝統を作るのに大いに貢献した。

佐々木毅『よみがえる古代思想』講談社、2003年、133-134頁。

アリストテレスは、構成員が互いに見知った位の規模の政治社会を理想としていたようですが、白滝村など、まさに全員が「見知った」関係のサイズの政治社会(地方自治(・・)体)です。

ところが、その白滝村は村長選挙や合併問題で、住民間の(しこ)りやわだかまり(・・・・・)が消えない。

逆に都市部の様な人口密集地の方が、匿名性は保たれて、行政(あるいは政治)との距離感に安心を感じる場合もあります。

ここは一朝一夕に答えが出るところではないでしょう。

(なにせアリストテレスは2400年前の哲学者ですから・・・)

北海道「特有」の問題

以上、特に気になった章に関して、勝手ながら思ったことを付け加えさせていただきました。

どの章も、北海道を取材しながら、その抱える問題は日本全国に共通な問題です。

本書の「はじめに」の部分を冒頭に引用しましたが、その試みは成功しているといえます。

では、次に、本書とは離れますが、個人的に北海道固有の問題について、少し書いてみたいと思います。

それは安全保障問題(防衛問題)についてです。

多くの日本人は意識していなかったかもしれませんが、米ソ冷戦時代、北海道はソ連軍と対峙する文字通り「最前線」でした。

個人的なことですが、私は北海道出身で、当時、自衛隊という存在は、かなり身近にありました。

札幌雪まつりの事を言っているのではありませんよ。

スーパーでは自衛官が買い物をしているのも、学校のクラスに自衛官の子どもがいるのも、街中を自衛隊車両が走っているのも、普通の日常風景でした。

ところが90年代に入り、米ソ冷戦が終わって(ソ連崩壊)、いざ北方重視から転換し、北海道の軍縮を始めようとしたら、巻き起こったのが地元による陸上自衛隊の「駐屯地(部隊)廃止反対」運動の嵐でした。

(ちょうど、沖縄本島では米軍基地反対運動が盛んですが、日本の南北で真逆の住民運動が起きるわけです)。

同じように、南西方面シフト(対中国)に関連して、南西諸島の離島では、過疎化対策に自衛隊を誘致しようとする住民と反対派の住民に分裂する状態が、先の白滝村のように起こっています。

“軍事による村おこし”

過疎地にとっては、隊員とその家族の移住がもたらす経済効果・住民の若返りなどは「魅力的」に映るでしょう。

北海道には、明治時代に「屯田兵」制度がありました。兵士でありながら農民という、未開の北海道への入植・開拓と防衛警備を同時に行うという、一石二鳥の制度でした。

翻って、北海道の陸上自衛隊は、対ソ連の防衛警備と過疎化対策と、これまた一石二鳥の、

ある意味「屯田兵」です。

本書で登場した遠軽町にも駐屯地があります。遠軽町の人口19000人。遠軽駐屯地には1000名前後が勤務している筈なので、その家族も含めると、町の人口と年齢構成に与えるインパクト、及び経済効果は絶大でしょう。

文字通り、藁にも縋る思いという訳ですが、本来、軍事合理的、戦略的に決定されるはずの部隊配置が、このような過疎化の問題とリンクしてしまうことには複雑な心境になります、

更に、自衛隊は国の組織ですから、結局これは、国(中央)に頼った施策ということになってしまいます。よく言われる「国頼り」「官主導」の北海道という現状が垣間見えてしまいます。

では、国(中央)から見た北海道はどうなのか?

北海道には「北海道開発局」という国の出先機関があります。以前はその上部機関として、大臣庁として「北海道開発庁」がありました。

北海道開発庁のトップがそのボストを腰掛けや次の主要大臣ボストに向けてのステップ程度にしか思っていないのなら、それは道民にとって不幸であろう。北海道開発庁長官が新任されると新聞、テレビなどで「本道初視察」のニュースがよく流れていた。そのことがニュースになること自体、北海道開発事業を担う専任大臣とは言え、在任中に北海道に来ることは少なかったという事実の裏返しであろう。

伴野昭人『北海道開発局とは何か』寿郎社、2003年、296頁。

これは一例ですが、中央(国)と地方(北海道)との関係を象徴しているのではないでしょうか。

その関係は、お互いに、とても「遠い」気がします。

北海道民は、本州のことを「内地」と呼びます。私も、北海道に帰ると、不思議と「内地」という言葉を口にしています(東京では全く口にしない)。

この言葉自体に、北海道民の津軽海峡の対岸(特に東京)を見る複雑な「距離感」が込められていると思います。

過疎化と国土

さて、過疎化の果てに何があるのか。

それは、国土を「喪う」ことだと思います。

人が住んでこその国土。

そこに人間の生活が営なまれてこそ、人の住む「国土」でしょう。

陸続きの北海道はまだしも、離島に関しては、無人島になってしまっては、ある意味手遅れなのです。

これは、今、中国との間で深刻になっている尖閣諸島問題に顕著だと思います。

あの島々に、今も住民が生活していたならば、事態は全く違った様相を呈していたでしょう。

また逆に、北方四島に関しては、あそこまでロシア人住民が「入植」してしまったら、一体どう解決すべきか途方にくれます。

人が住んでこその国土。この点を、念頭に置いた真の総合(・・)的国土計画が必要でしょう。

北海道や南西諸島のように基地(駐屯地)誘致や無人島に国境警備の部隊を置く、といった政策もすぐに手を出しそうになりますが、それは長期的・根本的な解決策になりません。

軍事よりも、まずは生活こそが、そこを「国土」にするのです。

目先の効率化・経済効果だけで見ていると、後々、手痛いしっぺ返しを喰らいかねない。

北海道は「内地」の夢を見るか?

北海道では札幌への人口の一極集中が問題になっています。

JR北海道が次々に赤字路線を廃止する一方、道路網は確実に整備され、札幌への「ストロー」になっているようです。

日本(東京-地方)の縮図のようです。

北海道は、その縮図の夢を見ているのでしょうか。それが良い夢なのか、悪夢なのか。

「試される大地・北海道」というキャッチコピーがありますが、果たして試されているのは誰なのか。

ところで、本書の出版が2011年。それから10年あまり。

本書に出てきた場所(路線・宿泊施設など)をネット上で検索してみると、もはや廃業・閉業した施設・路線がいくつもあることがわかります。それが更なる哀愁を誘います。