小林源文の漫画で、米ソ冷戦を振り返る~ソ連軍日本侵攻!?北海道上陸!?Q号指令発動!?

book and helicopter

米中新冷戦が語られて久しく、米ソ冷戦を知る世代が少なくなってきました。

米ソ冷戦時代、日本は、反共の最前線で(まあ、今もそうですが)、ソ連軍の日本侵攻がまことしやかに語られ、政府も自衛隊も、ソ連軍対日侵攻を本気で(?)、想定していました。

自衛隊内で、最大の仮想敵といえば、「対抗部隊甲」(=ソ連)であり、他方の「対抗部隊乙」(中国)、「対抗部隊丙」(北朝鮮)はそれに比べれば大きな脅威ではなかったのです。

そんな、ソ連による「ソ連軍日本侵攻」を描いた漫画を2作品ご紹介。

2作とも、日本を代表する戦争劇画の巨匠 小林源文御大!

さあさあ往時を偲びましょう。

flag

小林源文『バトルオーバー北海道』

ダワイ(急げ)ダワイ(急げ)、最終目標はサッポロだぞ」

(ソ連軍戦車将校)
小林源文・他『バトルオーバー北海道』日本出版社、1995年、78頁。

さあ!これが正統派の、「ソ連軍北海道侵攻」!

当時、一番多く語られ、実際に自衛隊が備えていたシナリオを、漫画化したのが、本作。

ゴルバチョフ暗殺、クーデターをきっかけに、世界から孤立したソ連は、対ソ包囲網を打破すべく、西ヨーロッパ、そして北海道へ侵攻を開始した!

道北に上陸したソ連軍に陸自第2師団は遅滞行動しつつ防戦、音威子府(オトイネップ)、名寄、旭川と後退を余儀なくされる。

一方、虎の子の第7師団は反撃の機会を伺う。

果たして札幌を守り通すことができるのか?

hokkaido

想定シナリオと本作が違うのは、日米安保が発動されず、米軍来援が期待できないために、自衛隊が単独でソ連軍を迎え撃つ点。

第21戦車連隊(現実は第2戦車連隊)の斉藤三尉と、統幕議長、それにソ連軍士官が主人公。

まあ、劇画調のリアルなタッチと、これまたリアル過ぎる台詞の嵐!

Tank
(画像出典:陸上自衛隊ホームページ)

王道の「日本有事」

冷戦時代に想定されたシナリオ、そのままです。

冷戦当時、ソ連が西側との全面戦争を決意した場合、その主攻は西ヨーロッパ(西ドイツ侵攻)であって、陸続きの北ドイツ平原にワルシャワ条約機構軍の雲霞のごとき大軍が押し寄せます。

この西欧でのワルシャワ条約機構軍とNATO軍の激闘の方は、同じく小林源文の『第三次世界大戦』をご覧ください(こちらも凄い作品です)。

これに対して、極東では、米軍に多正面作戦を強いるため、北海道侵攻が助攻として企図されると見られていました。

この為、北海道を防衛警備する北部方面隊には、最新鋭の装備が優先配備され、4個師団を主力とする(あくまで本州以南と比較して)手厚い布陣がなされました。

この、4個師団の内、第7師団(千歳)は陸上自衛隊唯一の機甲師団として編成されています(最盛期には戦車300両近くを配備!)。本州以南の戦車部隊から戦車を間引いて、北海道の部隊に増強する「北転事業」なんてのも行われました。

方面隊直轄の戦略予備としての「第1戦車群」(5個戦車中隊)も擁し、とにかくソ連上陸軍のT80やらT72戦車と殴り合う覚悟でした。

陸上自衛隊は、初夏(6~7月)がもっとも「危険」だと考えていたようで、その時期は、演習の形(北方機動演習)で内地から1個師団を道内に「増援」までしていました※1。これで北海道には5個師団が展開する格好となる訳です。

しかしながら、ソ連には北海道への上陸能力も補給能力もなかった、というのが現在の研究者の大方の見方のようです。

実際、アメリカは、西ドイツに強力な陸軍の大部隊を駐留させていましたが、北海道、というか日本本土に陸軍師団を置きませんでしたし・・・(沖縄に海兵師団くらい)。

音威子府とフルダ・ギャップ

どうでもいいですが、北海道の音威子府村。

道北防衛のキーポイントになる場所。浜頓別から伸びる国道275号と、稚内から伸びる国道40号が合流する地点(つまり、道北に上陸し南下してくるソ連軍が殺到してくるということ)。

天塩川沿いの隘路、山間部になっており、防御・遅滞行動には打って付けの地形であり、両軍の激しい戦闘が予想されました。

西独のフルダ渓谷、北海道の音威子府峠、といえばその道では有名です。

このフルダ渓谷は、ワルシャワ条約機構軍に突破されてしまうと、そのままフランクフルトを中心とする西独の重要地域を蹂躙されてしまうので、米軍も強力な1個軍団(米第5軍団)を置いていました。

他方、音威子府は、第3普通科連隊(名寄)が防衛すると思われますが、米陸軍は影も形もありません(在日米軍において米陸軍はメインの軍種ではないのです)。

このマイナーな村を知っていると、「あ、こいつ防衛関係者(orミリオタ)か?」と思われること間違いなしです。

小林源文『レイド・オン・トーキョー』

「全部隊に通達。自衛隊は日本の独立と民主政治を守る為、超法規行動を実施する。」

(統幕議長)
小林源文『レイド・オン・トーキョー』日本出版社、1995年、22頁。

一転、国際政治・国内政治的には、起こり難い設定の作品。

日本で、左派政権が成立し、日米安保が破棄される中、宙に浮く自衛隊。

そんな中、ソ連軍は、日本政府の要請により、軍事介入、新潟に上陸。

自衛隊は超法規的に防衛出動し、孤軍奮闘する!

という、シミュレーション漫画。

でも、ソ連軍が防備の高い北海道より、新潟に上陸して、関越道を使って東京に侵攻する、というシナリオ自体は、想定シナリオとしてはありました。

作中、ソ連軍特殊部隊(スペツナズ)が青函トンネルを爆破して、北海道との交通を寸断することで、北部方面隊精鋭5万は、遊兵化します

map of Hokkaido and Aomori

ソ連軍は火力にものを言わせて第12師団を壊滅させ、東京ではソ連空挺部隊に永田町を占領され、第1空挺団は一足遅く、撃退されてしまう。防衛庁はソ連軍特殊部隊の襲撃を受け・・・。

孤立無援の自衛隊に勝機はあるのか?

Infantry
(画像出典:陸上自衛隊ホームページ)

「関越トンネルには有事用に爆薬がセットされている」なんて都市伝説がありますが、この話の元は、本作の侵攻シナリオですね。

上記の『バトルオーバー北海道』よりも更に緻密になった劇画と台詞を楽しめます。

本作では、北海道の部隊のように装甲化・機械化されていない第12師団が、潰走しつつも必死の抵抗をみせます。

まあ、当時の内地師団は、自動車化(ジープとトラック)されていただけの部隊が大半を占めていましたから・・・。

また、本作の見どころの1つは佐藤大輔二尉。

会計課から駆り出されて、悲惨な戦闘を経験する内に、人間が変わっていきます・・・。

ちなみに、お気づきの方もいるでしょうが、佐藤二尉、あの未完架空戦記の帝王、作家の佐藤大輔御大のゲスト?出演です。

米ソ冷戦に思いをはせる

いかがだったでしょうか?

時代は変わって、中国脅威論が叫ばれ、自衛隊も西方重視にシフトしています。

私見ですが、米ソ冷戦と米中冷戦を比較していますと、その中で仮想敵国への脅威認識に大きな差があるように思えます。

対ソ脅威論には、日ソ両軍の戦力差は埋め難いものがあり、極東ソ連軍に対して過大な評価をしていました。

曰く、「北部方面隊4個師団が束になってもソ連軍1個自動車化狙撃兵師団には太刀打ちできない」とか、「日ソ開戦すれば、もって、空自15分、海自1週間、陸自1カ月」とかetc.

ですが、先述した通り、ソ連軍にそんな力はなかったという・・・。

他方、昨今の中国脅威論には、どこか中国軍を「軽んじている」「侮っている」感があります。その実力を過小評価していないか?

その背景には、いわゆる「自衛隊スゴイ論」も影響しているかもしれません。自衛隊を変に美化したり潜在能力の高さを誇ったりetc.

しかし、これは極めてナイーブな見方であり、リアリスティックな軍事分析を誤らせる土壌になりかねません。

万が一、日中間で軍事衝突が起こった場合、蓋を開けてみれば、張子の虎だったのは、本邦だった。ということにもなりかねません。

北方重視、ソ連脅威論が叫ばれた時代を振りかえってみるのも有意義では?

peace

【2022年3月追記】

・・・と、米ソ冷戦を振り返ってたところへ、まさかのロシアのウクライナ侵攻が始まり、時代が逆戻りしたような国際情勢になってしまいました。

今回の国際危機が「日本防衛」に及ぼす影響に関して、以下の記事に書きました↓

【脚注】

※1.兵頭二十八『日本の防衛力再考』銀河出版、1995年、119頁。