8月15日。
都心部が閑散とするお盆に、神保町古書店街を散策しました。
巷で話題のパサージュ
いやあ、三省堂本店も閉店しちゃいましたね。
(まあ、新しく生まれ変わるのですが・・・)
無くなるものもあれば、新しく生まれるものもあり。
今、メディアで話題の共同書店「パサージュ」を初訪問。
棚の一区画を借り受けて、一棚店主になれるという試み。
プロデュースは、鹿島茂だそうです。
棚には、文学者の名前を冠した通り名があり、各一棚店舗は、「モンテーニュ通り7番地」とか、「アンドレ・マルロー広場10番地」とか住所があります。まさに「パサージュ」。
なるほど、それぞれの棚が店主各自の個性が光っていて、眺めているだけで面白い。
ただ、この「眺めているだけで面白い」というのが、なかなか曲者なんですよね。
インスタ映えではないですが、「ファッション」「観光」として消費され始めると、「眺める」「撮る」で終わって、本を「購入」「読む」まで進んでくれないという危惧は常に潜在しているかと。
実験書店としては、かつて、松岡正剛がプロデュースした書店「松丸本舗」がありましたが、あれも本当に面白かった。
でも、残念ながら、三年で閉店しましたね。
あと、あくまで個人的印象。短時間の滞在でしたが、店員さんが、「クール」な印象を受けました。
神保町の古本屋といえば、頑固で不愛想な店主というイメージが昔からありますが(実際はそうでもないお店もありますが)、こちらのお店もある意味、良くも悪くも、そのDNAは引き継いでいるのかも?
敷居は、低すぎず、高すぎず、ですかね。
夏の風物詩?
ところで、毎年8月15日は、神保町の雰囲気が一変します。
この日は、そう、終戦記念日。
あまり東京に明るくない人からすれば、「神保町と終戦記念日?」と思われるかもしれませんが、神保町から10分も歩けば、そこは九段下。
そう、そこにあるのは日本武道館、千鳥ヶ淵戦没者墓苑、そして靖国神社。
日本武道館では、全国戦没者追悼式が天皇皇后が臨席で開催されますし、千鳥ヶ淵には首相も訪れます。
神保町から九段下にかけての靖国通り沿いは、まさに厳戒態勢になって、警察車両と制服・私服の警察官であふれています。
神保町のどの路地にも、バリケードと制服警官の姿が。
これでも、コロナ禍前は、もっと物々しい感がありました。機動隊員は大楯に、防護ヘルメットにプロテクター着用という完全装備で立っていましたが、近年は、暑さ対策なのか、必要性があまりないのか、制服姿になりました。
警備する側がいれば、当然、警備される側もいる訳で、右翼団体の街宣車が嫌でも目に入ってきますし、軍歌やアジテーションも聞こえてきます。
特に夕方は、靖国参拝や天皇制に反対する団体のデモ行進が水道橋から神保町、九段下交差点にかけて行われるので、この日、最も荒れます。
右左両翼の罵声・怒号、その間に割り込む機動隊との間の小競り合い・・・。
毎年、恒例の光景が繰り返されます。
もう、一種の様式美といいますか、予定調和みたいな光景になっていますが・・・。
九段下・神保町一帯で、この様な光景が毎年繰り返されていることを、多くの人は知らないでしょう。
実際、ニュースにもなりませんから。
軽傷者や逮捕者(公務執行妨害とか)は、若干出ても、投石や火炎瓶が飛び交い、機動隊が警棒を振り上げ、高圧放水が吹き付けられるような「暴動」にまでは、まさかなりません。
意識・無意識に一線が敷かれている予定調和。
そんな神保町での一コマ。
某喫茶店で、お茶を愉しんでいると、外から左派のシュプレヒコールが聞こえてきました。
店の若い店主と常連らしい若い女性客らは、興味津々、表に出て、それを眺めています。
「なんのデモだろうね?」
「反ワクチンじゃないみたいだね」
と笑い合っていました。
おそらく、彼ら彼女らは、本当に何のデモか分からないようでしたし、最後までそうだったようです。
あの「8月15日」という日なのに。渋谷や表参道のカフェではなく、神保町のカフェでの反応です。
しかし、それは今の日本社会における。この日に対するリアルな反応・認識なのでしょう。
毎年繰り返される、九段下周辺での「騒乱」も、いわば、コップの中の嵐。
一部の界隈にとってだけの「特別な日」になっていく感が毎年増していくように感じられます。
お会いしたかったです、クセノフォン
話を神保町に戻しますが、では、本日の戦果は?
面白い映画が発見できるかな?と衝動買い(100円也)。
そして、本日のお目当て!
クセノポン『ソクラテス言行録2』!(新刊)
長かった、本当に長かった。
待ちに待って、ようやくの発売です!
クセノポン(クセノフォン)は、ソクラテスの弟子の一人です。そして、本書に収録されている2作品「酒宴(饗宴)」「ソクラテスの弁明」というタイトルは、言うまでもなくプラトンにも同名の対話篇が存在します。
何かと比較されるクセノフォンとプラトン。そのクセノフォンの「弁明」と「饗宴」を邦訳で読める僥倖。
訳者は、内山勝利。
田中美知太郎―藤澤令夫の京大古典哲学(ギリシア哲学)の系譜に位置する大御所です。
ちなみに、この本は京都大学学術出版会の西洋古典叢書の一冊。
この叢書、現存するギリシア・ラテン語文献の悉皆(!)邦訳を目指している凄い叢書です。
それにしても、8月15日の神保町は、一度は訪れてみるのをお薦めします。
片や、「古書」と「読書」という静かな知的営為を育む土壌たる古書店街の静謐な雰囲気と、片や、怒号飛び交うイデオロギーと敵意剥き出しの状況の不思議な同居。
そのコントラストに、毎年、色々と考えさせられます。