部隊名の「伝統」と自衛隊~陸上自衛隊の部隊改編を考える

昨今、部隊改編が著しい自衛隊ですが、その動きを見ていると、若干、違和感を覚えることがあります。特に陸上自衛隊に顕著です。

それは、部隊改編に際して、部隊名の「伝統」とか「継承」といったことを余り重視していないように見受けられる点です。

今はなき精鋭連隊

例えば、陸上自衛隊の普通科連隊(普連)について。

ソ連崩壊後の部隊削減、更には北方重視から西方重視へのシフト転換において、陸自では多くの部隊が削減(解隊)されました。一方、西方では、部隊の増勢が行われました。

問題は、この増勢の際、普通科連隊のナンバリングを単純に増やしていった点です。

既に普通科連隊の番号は50番台に入っています。

また、新たに九州に発足した「水陸機動団」の隷下連隊3個は、第1、第2、第3水陸機動連隊という部隊名になります。

このような、機械的に割り振られた部隊番号に、もう一工夫できないのか、という思いがします。

陸自にはかつて、北の精鋭だった9普連(旭川)が惜しまれつつ解体された経緯があります。

例えば、番号と隊旗を継承して、その精鋭の伝統を引き継ぐ形で、「第9水陸機動連隊」とか「第9普通科連隊(両用戦)」のように伝統を継承できなかったものか?と。

部隊名の無味乾燥

以前、第1師団(東京)を「首都防衛集団」に改編しようとする動きがありました。

この時は、幸い(・・)、この計画は頓挫しましたが、この様に、番号を廃して、●●方面●●隊などに改編する動きは、現在も見られます。

確かに●●方面●●隊という方が、意味が分かりやすく合理的な面はあります。

しかし、組織は人であり、機能集団といえども、共同体として、部隊への愛着・帰属感といった非合理的な部分・共同体的な部分はあります。

特に、軍隊のそれは、士気に関わるでしょう。

勿論、それが、軍事的合理性を阻害するものならば、廃止すべきですが、むしろプラスに働くならば、その「伝統(的部隊名)」は遺すべきではないでしょうか。

例えば、戦車数定数削減で、九州の第4戦車大隊と題8戦車大隊が廃止され。新たに編合された「西部方面戦車隊」。

しかし、陸自には、かつてソ連侵攻に備えていた北部方面隊の戦略予備としての「第1戦車群」(恵庭)がありました(2014年解隊)。

せっかく、西部方面隊に戦車部隊を作るなら、この「第1戦車群」の再編の形に出来なかったのか?

「群」が部隊の規模と多少ズレていても、「伝統」を優先していいと思います。

例えば、米海軍の第10艦隊は、艦隊(Fleet)の名を冠していますが、その実は、米海軍のサイバー戦担当部隊であり、艦船を持った「艦隊」ではありません。そして第10艦隊は、実に65年ぶりの「復活」でした。

また米陸軍には「第1騎兵師団」がありますが、現代の「騎兵師団」が本当に馬に乗っているわけではありません。

ミランダとクレデンダ

「なんで、部隊の番号・名称に、そんなに拘るのか?」と疑問に思われるかもしれませんが、この部隊の伝統に関しては、政治学における「クレデンダ」「ミランダ」の問題として捉えています。

これは米国の政治学者チャールズ・E・メリアムが提唱した概念で、政治権力が権威を獲得あるいは服従を調達する際に用いる二つの様態を述べているものです。

「クレデンダ」とは、被治者の合理的な部分に訴えるもの。例えば、合法性や選挙による正統性。または、その政体の根拠となる政治理論などがそうでしょう。

「ミランダ」は被治者の非合理的な面(情念)に訴えるものであり、例えば、国旗や国歌、軍事パレードや王政などが挙げられます。

この区分けを、そのまま軍事組織にスライドさせると、服従の調達というのは、「士気」の高揚と換言できるかもしれません。

「クレデンダ」的に言えば、民主国の軍隊(軍人)は、軍人としてのプロフェッショナリズム、自身が民主主義の守り手であり、合法的な存在であることで、士気を維持していると言えます。

(ここで自衛隊の憲法問題は、ややこしくなるので脇に置きます)

「ミランダ」的に言えば、制服や装備の機械美・機能美、規律だった組織。そして、先ほどから論じている「伝統」ではないでしょうか。

「伝統」とは歴史であり、そのれは、「根」です。全くの新設部隊は、その時点である意味で「根」をそこから育てるものですが、「部隊名(ナンバー部隊)」を継承すれば、その「深い根」(伝統)を獲得することができます。それは、名誉であり、士気の高揚に繋がるのではないでしょうか。

考えてみると、最初は単なる機械的なナンバリングに過ぎなかった部隊が冠する番号が、歴史の洗礼を受けることで、象徴的な「意味」を持つようになるというのは不思議なものです。

自衛隊よ、どこへ行く

海上自衛隊は、いわゆる「海軍善玉論」のお陰か、旧海軍の伝統をかなり継承した組織と言えます。

一方、陸上自衛隊は、「陸軍悪玉論」の影響で、旧陸軍との組織的継続性を出来る限り回避しようとしてきました。

とはいえ、陸軍から継承した部隊の配置というのはあります。

陸自の第7師団は、旧軍と同じく北海道駐屯ですし、先述の解体の危機に見舞われた第1師団も、旧軍第1師団と同じ東京駐屯です。

何らかの形で伝統は脈々と継承されているとも言えます。

近年、伝統的な部隊名の復活がありました。

第3施設団(恵庭)が一度解隊(2008年)され、北部方面施設隊になっていましたが、2018年に第3施設団として復活(再編)しました。

これは歓迎すべきことだと思います。

自衛隊は、既に発足から70年近くが経過します。明治に発足した旧陸海軍の存続期間に迫るものです。

そこには良きにつけ悪しきにつけ「歴史」があり、そこに「伝統」が形成されています。

それをプラスの方向で継承していくのは、組織として健全な在り方だと思います。

ちなみに、与党界隈などでの改憲議論で、自衛隊を「国防軍」と完全に名称を改めてしまおうという意見があります。

拙稿では憲法9条の問題には今回触れませんが、「国防軍」という全く「自衛隊」と関連のない組織名を冠することは、自衛隊が半世紀以上、紆余曲折に築き上げてきたもの(伝統)を「捨てる」ことにもならないか、と思います。