★【前編はこちら】
→FAF(フェアリイ空軍)の考察【前編】~妖精の名を冠する空軍の全貌(神林長平『戦闘妖精・雪風』)
将官や佐官
「刑務所別館」とさえ言われるFAFですが、それは、上に行けば行くほど違った様相を見せるようです。
将官や佐官(大佐クラス)の人材は、おそらく各国のエリートでしょう。
先に挙げた各国の思惑を考えれば、FAF上層部の意思決定が、どこぞの国の利権に有利に働くのを阻止するため、いわば三竦み状態(3勢力ではとても足りませんが)で、運営する必要があり、将官人事(と一部の人事:後述)だけは、尉官のような「屑箱」とは切り分けて行っている筈です。
各国の高級軍人の転出やフェアリィ戦争初期の若いエリートの生き残りなど、そういった人物が、まことに国際政治の力学で登用・補職されているはずです。
他にも、別の野心を持ってきた有能な人物(例えば、金融業出身のクーリィ准将)も頭角を現すでしょう。
ですから、FAFがこのまま存続しても、少尉から叩き上げで大将、という立身出世物語が展開することは、皆無でしょう。
そんなFAFの「色」に染まった人物が将官になって、地球に「叛逆」されれば目も当てられないと、地球の各国は考えているはずです。
士官だけの軍隊
先に将官・佐官についてお話してしまいましたが、そもそもFAFの階級構成は、一般軍事常識から言って「異常」です。
それは前代未聞の「士官だけの軍隊」だということです。
通常の軍隊は、兵、下士官、士官という階級に分かれています。
ところがFAFは兵と下士官が皆無なのです。
ざっくり言いうと、新米かつ入隊したて、あるいは期限付き(徴兵期間等)の兵(二等兵~上等兵)がいて、これを掌握しつつ戦うベテランの下士官(伍長~曹長)がいます。
これらを小隊以上の部隊単位で指揮するのが士官(少尉から大佐、将官)です。
しかるに、なぜFAFは士官のみで構成されているのか?
まず、現代の空軍力がハイテクノロジーな為、そのパイロットが、基本的に士官が充てられる傾向が非常に強い点が挙げられます。
戦闘機のパイロットだと、尉官と、おおむね中佐までで構成されているように見受けられます。
そして、FAFは、ジャムが航空兵器しか繰り出さない為、「空軍」だけの単一軍種の軍隊なのです。
もちろん、地上勤務員など、航空機を飛ばすための人員は膨大で、その大半が兵・下士官で構成されるのですが、最初から単一空軍として出発したため、「パイロットが士官なら、全員士官で」のような発想の転換(?)があったのかもしれません。
もう一点、考えられるのが、初期のFAFが各国空軍のエリート集団の寄り合い所帯だったならば、そのために士官の比率が異常に高く、その傾向を受け継いだ故の結果かもしれません。
とはいえ、本来の士官の性格が指揮官であるならば、士官のみの軍隊はやはり異常で、実際には、兵や下士官に相当する扱いを受ける階級グループが組織運用上、必要にあるでしょう。
『戦闘妖精・雪風』の中でも、「少尉は実際には兵」だという言も見られます(47頁)。
勝手に推測すると、少尉が兵、中尉~大尉が下士官、少佐以上が士官のような人事運用を行っているのではないでしょうか。
ブッカー少佐の職務を見ていると、そんな気がします。
こう見ると、階級別の人数分布が、1階級しかない少尉が膨大で、少佐以上(少佐~大将まで7階級)が7階級もあるという、極めて歪な人事構成が想像できます。。
組織運営上、これは、どうなんだろう?と、思う一方、警察の階級構成に似ているな、とも。
日本警察の階級構成は、巡査から始まり警視総監まで9の階級があります(実質10階級)。
ところが、29万人近い警察官の内、巡査、巡査部長、警部補のたった3階級で全体の90%を占めるといいます※1
軍隊を見ていると、FAFも警察も、下の階級をもっと増やした方が、運用が楽になるのではないか、といつも愚考するのですが・・・。
ところで、全ての尉官が「屑箱」行き、つまり地球から「追い出された」人間ばかりではないでしょう。
将官と同じく、何らかの目的でやってきた「普通」以上の人材もいるはずです。
特に、技術系、テクノクラート、研究目的などの人々です。
エディス・フォス大尉など典型ではないでしょうか。
彼ら彼女らは、他の尉官とは一線を画し、場合によっては、大佐以上・将官への道も開けるでしょう。
超空間通路のリスク
FAFにとっての最大のリスクは、補給・連絡が超空間通路に頼っていることでしょう。
超空間通路の原理が分からない上に、それを設置したのが敵方(ジャム)であるということは、突然、消滅したり、接続先を地球(南極大陸)ではなく、人類にとって未知の世界に変更されてしまうリスクがあります。
そうなると、フェアリィ星への「投資」が全て水泡に帰すことになります。
つまり、膨大な資源を用いた基地群や強大な航空戦力、そして人員。
埋没費用といいますか、最悪、全て水泡に帰しても惜しくないパイの許容限度は?
FAFは別名「刑務所別館」と言われ、社会不適合者や犯罪者が送られて軍役に就かされています。
フェアリィ戦争当初は、各国ともエリートを送っていましたが、途中から、各国が出し渋ったようで、その様な状況になったようです。
これには、万が一、フェアリィとの連絡が遮断され、その「投資」が無に帰した時でも、少なくとも「人材」の面では目を瞑れるという判断が、地球圏の指導層全体で共通了解・合意(明示的にしろ暗黙にしろ)した結果かもしれません。
しかし、人員を「屑箱」に捨てるが如く見なしているのに対し、その装備は、地球各国の空軍機を凌駕する高性能機であり、また、恒久的な巨大基地(地下都市付き)を建築するわ、挙句の果てにバンシー級のような空中空母を建造するなど、至れり尽くせりの状況です。
余談ですが、ベストセラーになった小説、柳内たくみ『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』にも同じような問題が存在します。
異世界の軍勢が開いた「門」によって、東京・銀座に、侵略軍がなだれ込みますが、彼らの文明が中世ヨーロッパ程度(魔法があったり、モンスターがいたりとファンタジックなんですが)だったので、出動してきた陸上自衛隊に撃退され、自衛隊は「門」をくぐり抜けて、異世界側に逆撃します。
異世界への進駐に対して自衛隊は、緊急撤退の可能性を考慮して、遺棄しても惜しくない二線級装備を中心に編成されています(例えば、10式戦車ではなく74式戦車、F15ではなくF4)。
それでも臨時編成の3個師団相当の人員を投入しています(各部隊から抽出)。
その人員は貴重な戦力、軍事資源です。
現代では、人命の「価値」は上がりこそすれ、下がることはありません。
これは倫理的・人権思想という問題もありますが、兵器がハイテクすれば、それだけ、人員の選抜や教育・訓練に莫大なコストと時間がかかります。
西側先進国、特に自衛隊に限ってみれば、もはや人員不足・定員割れが常態化してしまっています。
そんな「貴重」な自衛隊員を、3個師団相当、「門」の向こうに送る訳です。
(作中、非常退避の「脱兎」という作戦計画があるにはあり、実際発動される。でも間に合わなかったら?)
(やや強引に)比較すると、ちょうど、FAFはモノに拘わらないが、人に拘る。『ゲート』の自衛隊は、モノに拘るが、人に拘りが薄い。といった好対照を見せます。
【了】
※本記事(前編も含む)の引用は以下の版によります。
神林長平『戦闘妖精・雪風〈改〉』早川書房、2002年。
神林長平『グッドラック戦闘妖精・雪風』早川書房、2001年。
神林長平『アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風』早川書房、2009年。
【参考文献】
早川書房編集部 『戦闘妖精・雪風 解析マニュアル』 早川書房、2006年。
【脚注】
※1.古野まほろ『警察の階級』幻冬舎、2020年、232頁。