「政治家と暗殺者の間には明らかな類似点があるという。その一つはどちらも世界中の人に知られたい、世界に足跡を残したいという強烈な願望である。」
トニー・ジェラティー『ボディーガード』時事通信社、1994年、196頁。
そりゃあないよ葛飾署
昔、テレビアニメの「こちら葛飾区亀有公園前派出所」を見ていた時、多分スペシャル放送だったんですが、冒頭、来日した要人警護で沿道警備に駆り出された両さん。
真面目に立哨しているのですが、実は耳のイヤホンは署活系の無線ではなく、野球中継(笑)。
さあ、沿道を埋め尽くす群衆に手を振る国賓の王族の車列が、両さんの近くを通過する時・・・
「うたれた!!」
と両さんが大声で叫ぶ!
当然、周りは騒然。「撃たれた」んですから。
でも実は、「撃たれた」んではなくて「打たれた」。野球中継でホームランが飛び出し、思わず叫んでしまったんですね。
で、ここからが本題なんですが、この時、車列の警護陣はどうしたか?
「止めろー!車を止めろ!」
・・・止めます。車列を止めます。
・・・これ、要人警護ではタブーです。
「頭を伏せて!」
要人襲撃時の鉄則は、安全圏への急速離脱です。
正しい選択は、車列は全速力で走り去る事。先導のパトカーも白バイも緊急走行に切り替えて、あっという間に走り去るはずです。
クリント・イーストウッド主演のサスペンス・スリラー『ザ・シークレット・サービス』の終盤を見ていただくと、ホテルのパーティー会場での大統領への発砲と同時に、シークレットサービス(大統領警護隊)は大統領を抱きかかえ、周りの一般人を押しのけて、突き飛ばして、全速力で、大統領専用車(ビースト)に大統領を押し込めて、緊急発進します。
リチャード・オコーナー『ザ・ボディガード』
こんな要人警護の歴史や実態を詳説してくれるのが、こちらの本
ページをめくると、冒頭、いくつかの写真。
- キエフ訪問中のサッチャー英首相を取り囲むKGB警護部隊。
- バッキンガム宮殿の外周で観光客に紛れて警戒するスコットランドヤードの秘密警護官。
- 公然とサブマシンガンを携行して警護するイスラエル公安庁のSP。
・・・興味深い写真が掲載されています。
本書を読むと、要人警護が失敗と反省の連続の上に成り立っている事がわかります。
希望的観測や油断、些細な怠慢が、警備に「隙」を作る。
その好例は、本書にも紹介される、1982年のバッキンガム宮殿侵入事件(本書161-166頁)。
なんと、早朝に侵入した男は、エリザベス女王の寝室に誰にも誰何されずに辿り着き、そこで、女王に「謁見」。雑談を始めたのです。
女王が緊急ボタンを押しても誰も来ず(交代時間で警備室が無人!)、この謁見は10分にも及びました。
最終的に、女王が彼を廊下に導き、ようやく侍女と従僕の目に留まり、緊急事態が認知され、おっとり刀で警察官が駆け付けます。
ちょっと信じられないのですが、世界でトップクラスのVIPである英国女王の警護(それも自身の宮殿で!)においてさえ、この様な「失態」はありえるのです。
楯と剣
冒頭の「こち亀」の警護シーンですが、もうひとつ大きな「間違い」があります。
それは、「襲撃」が「認知」された場合、警護陣が「楯」となって、現場から安全圏に要人を緊急退避させると同時に、その襲撃者に対しては、いわば「剣」が突き付けられます。
つまり、反撃です。
襲ってきた襲撃者(襲撃グループ)を「制圧」する迎撃部隊が描かれません。
それは、両さんら沿道警備陣の警察官とは別に、警護の車列に随伴するはずです。
本書では、1991年、ブッシュ大統領パナマ訪問時、退避行動を取ったブッシュ大統領一行。その直後に黒ずくめの完全武装した特殊部隊が飛び出した事例を詳説しています(121-124頁)。
この部隊は米陸軍の「デルタ・フォース」とされています。
この部隊は米軍内でも極めて機密性の高い特殊部隊といわれています(米政府は公式には存在を認めていない)。
日本の警護
さて、日本での要人警護ですが、最も大規模に行われているのが、国内要人だと、天皇の警護(皇室の警護は「警衛」と呼ぶ)でしょう。
日本の(公的な)要人警護は基本的に警察の管轄です。
警護車列は、都内(特に都心部)に住んでいると、たまに遭遇します。
車列が通過する信号は全て、青にして(つまり警護車列が止まらないように)、沿道には制服・私服の警察官が配置されます。
沿道で、一目見ようと立っていると、必ず、私服警官がひとりピタッと張り付きます。
首相警護だとここまでやっていません。
ただ、「日本的」というか「皇室的」だなあ、と思うのが、沿道の人々に車内の皇族は手を振られるし、場合によっては窓を開けます。車列の時速もそれほど速くない。いわゆる「国民とのふれあい」の観点でしょう。
これが海外だと、例えば、モスクワ市内を移動するプーチン大統領の車列は、猛スピードで駆け抜けていく。
↑プーチンの警護に関してはこちらを。
まあ、テロに狙われる脅威レベルの問題もあるのでしょうが・・・。
おそらく純粋に警護の観点からなら、車列のスピードは上げたいし、窓は開かないで欲しいはずです。
あと、諸外国に見られる「迎撃部隊」=特殊部隊はどうなんでしょうか。
警視庁の特殊部隊SATが車列に随伴しているのでしょうか。
1992年に、山形県での国民体育大会で、天皇が「おことば」を述べられていた際、トラック内で男が、発煙筒をロイヤルボックスに投げつけた事件では、大会関係者に偽装した警察官らに取り押さえられましたが、迎撃部隊の登場はありませんでした。天皇の至近ではSP(待衛官)が動きましたが。
(この事件では、隣の皇后の天皇を庇おうとする動きが話題になりました)
「何か」あった時にしか、それは衆目に晒されませんが、そんな事はない様に祈るばかりです。
↑要人警護に関しては、こちらもおすすめ。