西牟田靖『本で床は抜けるのか』~蔵書家の永遠の課題~

  • 2020年3月6日
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本書のタイトルを見て、青くなったり、不安になったりする人は多かろう。

かく言う、私も、この本を初めて見たとき、言い知れぬ不安が襲ってきた。

自分の書斎を思い浮かべて動悸が激しくなった・・・。

ノンフィクション作家の西牟田靖が、引っ越しの際に言われた便利屋の一言から、「本で床は抜けるのか」という問題を追っていくノンフィクションです。

著者が自身の不安を拭うため(笑)、一級建築士や蔵書家の東大教授など、様々な人のもとに東奔西走。

本好きには色々な意味で興味深い(切実な)本だと思います。

蔵書という魔力

蔵書が際限なく増加し続けるというこの現象。

ひとえに蔵書の魔力に魅入られるのです。

研究、仕事、趣味の別はあるにしても、とにかく、本を持っていることは、「悦び」なのです。

本があると、安心し、いつでも、好きな時に気の向くままに書棚から本を取り出し、読むことが出来る悦び。

気に入ったフレーズに、感銘を受けた言葉に、注意すべきデータや記述に、線を引き、メモを書き込み、ドッグイヤーを折る。

全て蔵書故に許される行為です。

なんと魅力的でしょう。

happy school girl

私個人で言えば、引っ越しが多いため、毎回、本だけで何十箱も箱に詰めて、まるで本を売り歩くキャラバンよろしく、転々と居を変えています。

(正確な蔵書数は数えていませんが、ここ5年位は5000冊あたりをウロウロしているはず)

さすがに大変になってきたので、図書館派に泣く泣く宗旨替えし、蔵書の増加を抑制しています。

しかし、やっぱり蔵書というのは、自分の「血肉」だなあ、と思う時があります。

それは、最近の引っ越しで、いわゆる「おまかせパック」にお願いした時です。

それまでは、自分で箱詰めして、開封して、配架していたので、5000冊だろうが、1万冊だろうが、大体、どこにあるかわかっていました。勘で、必要な本は必要な時に取り出せる。

ところが、一度、他人の手が入ると、かなり細かく、箱詰め→開封→配架順の手配をしていたのに、いざ、新居で本を探すと、見つからない!全然見つからない!

かつて、発見率95%だったものが、今や40%に激減です・・・。

もし、引っ越しがない持ち家・一戸建てであれば、際限なく購入してしまい、一体、どういう事になるだろうと想像するだに空恐ろしく(嬉しく)なります

私の周囲で見聞した範囲では、個人の蔵書で10万冊(!)という方がいました(知り合いの知り合い)。

羨ましいやら恐ろしいやら・・・。

意外とみんな無頓着?

本書を読むまでは、ただただ蔵書が増え、新顔の背表紙や積む読の山脈が連峰を形成していくのを、ニヤニヤ眺めていたわけですが、本書を読んだその日から、床の軋み具合やら、入居時の説明書(構造説明欄)が気になりだしてしまいました。

蔵書の重量と家の積載荷重なんか考えていなかった・・・。

私のようなアマチュア蔵書家だけでなく、プロの作家なども意外とそこは無頓着なのかな?

というのは、本書の中でも、井上ひさしの逸話がありましたが、昔、テレビで田原総一朗の自宅が取材されていた映像を思い出したからです。

おそらくタワーマンション?でしたが、部屋は本だらけ。

リビングの大きなテーブルの上には巨大な積む読の山(というか富士山、いや立山連峰)。

そのわずかな“谷底”で、田原は本の壁に縮こまりながら質素な朝食を食べていました。

まるで険しい登山の合間の休息のビバークのように・・・。

とにかくアマチュアだろうとインテリだろうと、床の積載荷重も何も考えずに、とにかく買って、溜め込むということです。

本の重さのことなんて、視野に入っていないのです。

蔵書とお金の悲しい関係

著者も述べていますが、この蔵書問題の最大の難点は蔵書数と財力が釣り合わないことにあります(涙目)。

もちろん釣り合っている方もいるとは思いますが(作中の立花隆の例など)、それはここでは脇に置いておきます(嫉妬)。

多くの場合、狭い居室に本が溢れかえっている状態にあると思います。

財力さえあれば、書庫だろうが本専用の蔵だろうが、個人アーカイブだか個人ライブラリーだろうと思いのまま・・・。

しかし、現実はそうではないのだ!(絶叫)