「私は第三次世界大戦がどの様に戦われるか、わからない。
しかし、第四次世界大戦ならわかる。
それは、石と棍棒で戦われるだろう。」
アルベルト・アインシュタイン
人類にとっての悪夢と言えば、全面核戦争でしょう。
特に、米ソ(露)両国が核兵器を使用すれば、人類の滅亡にもつながりかねません。
では、その最悪の日、「ドゥームズデイ(審判の日、地球最後の日)は、如何に起こりうるのか?
今回は、一方の雄であるアメリカ合衆国をメインに見ていきたいと思います。
その題材として、トム・クランシー原作のポリティカル・スリラー、映画「トータル・フィアーズ」を使って、見ていきましょう。
あらすじ
チェチェン紛争におけるロシアの強硬姿勢で米露関係は急速に冷え込んでいた。
その裏で、ヨーロッパの極右勢力の実力者ドレスラーは、米露を衝突させようと画策。
その動きをCIAの若き分析官ジャック・ライアン(演:ベン・アフレック)が追っていた。
しかし、大統領も観戦するメリーランド州ボルチモアのスーパーボール会場に、核爆弾が仕掛けられ、開催中に核爆発。観客とボルチモア市民20万人が死亡する。
ロシアの攻撃を疑う米国は臨戦態勢に突入。ロシアも反応。第三次世界大戦の危機が迫る。
マウント・ウェザー
本作は、冒頭、米国首脳部の核攻撃演習から始まります。
ロシアからの核攻撃警報で、大統領一行の車列が、山間部の地下基地に走り込んでいきます。
ここは、バージニア州にある「マウント・ウェザー」です。
ある程度の核攻撃にも耐えられる地下施設です。
このような核戦争時の地下指揮所、退避先は、全米各地に複数箇所整備されています。
代表的なものとしては
- 「レイヴンロック(サイトR/予備国家軍事指揮センター)」(ペンシルバニア州)
- 「北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)」(コロラド州シャイアン山)
- 「オル二―(連邦予備警戒センター)」(メリーランド州)
- 「キャスパー(戦時連邦議会)」(ウエストバージニア州)
ボルチモア消滅
本作の中盤では、米露の駆け引きなどが描かれますが、今回の主題ではないので、割愛します。
そして、本作の後半では、ライアンの奮戦むなしく、極右勢力の謀略で、ボルチモアのスタジアムに核爆弾がセットされます。
そこでは全米注目のスーパーボールが開催されており、ファウラー米大統領(演:ジェームズ・クロムウェル)も観戦中。
ライアンは、大統領に同行しているキャボットCIA長官(演:モーガン・フリーマン)に、その事実を伝えます。
大統領は、間一髪、シークレットサービスにより会場から緊急退避します。
「危機」の際の大統領とシークレットサービスの対応は、こちらの記事に譲ります
→『ザ・ボディガード』~暗殺者との「正しい」戦い方と要人警護の苦悩
市民退避の時間はなく、間もなく、無情にも核爆弾は起爆します。
爆発はスタジアムと観客を蒸発させ、ボルチモアの街を焼き払います。
そして、爆風は、郊外を安全圏に向けて全力疾走する大統領の車列も襲い、車列は横転・転覆し、動く者の影もありません。
しかし、おそらく僅かな時間で、その上空に現れるものがあります。
2機の大型ヘリコプターです。
米海兵隊のCH53スーパースタリオンです。
海兵隊は戦闘態勢で展開し、大統領を車内から救出。あっという間に離陸します(1機はその場で他の負傷者の救出作業に留まる)。
連邦政府は常に大統領とその継承順位者らの位置を自動的に把握するシステムを有しているらしいので、大統領の「遭難」に対して、海兵隊(あるいはその他の軍)が即座に救出行動を取ります。
ちなみに、このような場面は、映画「エアフォースワン」でも見られました。ハイジャックされた大統領専用機VC25(「エアファースワン」とは空軍機に大統領が座乗している際のコールサイン)から、ハリソン・フォード演じる大統領が脱出ポッドで脱出した際、ポッドの落下地点に、すぐさま、現地の在独米軍の部隊がヘリで急行しています。
また、シチュエーションが少々異なりますが、映画「エンド・オブ・ホワイトハウス」でも、ホワイトハウスが襲撃され、警護側が壊滅し、テロリストに侵入されるのに対して、完全武装の軍が急行してきます(間に合いませんが)。
さて、話を戻しますが、このシーンでよく指摘される違和感は、海兵隊員が対NBC戦装備なしで飛来している点です。これは確かに、ミステイクかもしれません。
ドゥームズデイ・プレーン
ともかく、ボルチモアを脱出したファウラー大統領は、そのまま(おそらく)メリーランド州のアンドリューズ空軍基地に降り立ち、別の大型飛行機(ジャンボジェット)に乗り換えます。
これは、いわゆる「エアファースワン」として知られる大統領専用機VC25ではありません。
E4Bナイトウォッチ 通称「地球最後の日の飛行機」(Doomsday Planes)
この機体は、重大な国家非常事態(核戦争等)において、大統領ら政府首脳が空から指揮を執る「国家緊急空中指揮機(ニーキャップ:NECAP)」です(現在は「国家空中作戦センター/NAOC」と呼称)。
ですから、この機体で大統領が指揮を執る時は、米国は言うに及ばず、世界は存亡の瀬戸際に立たされており、この異名が付けられたわけです。
(大統領の外遊などの際も、必ず随伴します。東京を訪問する時などは横田基地にその姿を見せます)
今回のボルチモアでの核爆発のような全面核戦争の前哨戦の様な緊急事態では、大統領はじめ連邦政府は、とにかく「逃げます」。
ホワイトハウスの地下にも「大統領緊急作戦センター(PEOC)」がありますが、確実に核攻撃されるワシントンDCには留まりません。
核の奇襲、全面攻撃下においても、反撃・報復するために、米軍への指揮命令を継続し、且つ、政府を存続させ、統治能力を失わない為に・・・。
これがいわゆる「政府存続計画(COG)」です。
中でも、「統合緊急退避計画(JEEP)」というプランが用意されていて、連邦政府は全米各地の予備施設や空中(指揮機)に「分散疎開」します。
E4でも、大統領搭乗と同時にかなり慌てた様子で、離陸する様子が描かれます。
機内のメンバーに副大統領の姿は見えません。おそらく、冒頭に登場したマウント・ウエザーか、それ以外の施設に退避しているはずです。この状況下で、大統領継承順位第一位の副大統領が同乗することはありません。
正副大統領が一緒にいる時は平時だけです。
9.11の後しばらく、チェイニー副大統領はワシントンにおらず、所在は非公表でした。
エスカレーションとデスカレーション
E4機内の会議室では、閣僚らの激論が交わされます。
ボルチモアの核爆発はロシアの仕業なのか、どうか。
また、モスクワのクレムリンとのホットラインも交わされます。
よく他の映画では、ホットラインは音声(電話)として描写されていますが、実際は、テレタイプ方式、文字によるやりとりだそうで、本作では、米軍の女性通信兵が、大統領の指示をテレタイプで入力し、クレムリンに送信しています。
事態は、急速に悪化します。ボルチモア被爆に続き、ドレスラーの息のかかったロシア空軍の将軍の謀略(偽命令)で、ロシア空軍の戦略爆撃機編隊が、北海の米海軍空母艦隊(空母戦闘群)を巡航ミサイル攻撃し、空母に大損害を与えます。
米国側からすれば、ボルチモア被爆がロシアの仕業という証左であり、クレムリンにしてみれば一体何が起こっているか分からない状態です。
これに対して、ファウラー大統領は報復に、ロシア空軍基地を通常兵器で爆撃。
事実上、米露は交戦状態に突入することになります。
そして、両者は核使用へと傾いていきます。
国際政治においては、エスカレーションとデスカレーション(de-escalation)という考え方があります。
前者は、すぐにピンと来ると思いますが、事態がエスカレートして、悪化・拡大していく状態です。
本作だと、ボルチモア攻撃の犯人がわからない内に、空母への攻撃があり、報復の空軍基地爆撃がありますが、一応、ここでは、米国は均衡をもたらそうと、エスカレートはしない報復に収めています。
しかしながら、事態は両国の核発射態勢に進んでいってしまうので、エスカレートしています。
他方、デスカレーションは反エスカレーション、つまり、段階的縮小を意味します。
事態を何とか縮小していこうという政治的努力です。
軍事基地への攻撃に対し、都市への攻撃を加えることは、明らかに不均衡です。
具体的な例で言えば、米中間で開戦した場合、中国がグアムかハワイに核を使用した場合、これに対して、南京や上海を核攻撃することは明らかに、オーバーキル、均衡が保てない為、エスカレートしていきます。そこで、海南島などへの報復に止める。
攻撃目標の重要度を段階的に引き下げて、着地点を探る。
ただ、これには、交戦国同士が非公式でもいいので、交渉を続けるチャンネルが不可欠です。
本作だと、クレムリンの中にいる「ある人物」とキャボットCIA長官がバックドアのチャンネルを持っていましたが、キャボットはボルチモアで亡くなってしまいます。
【続】