今敏×押井守『セラフィム~ 2億6661万3336の翼』~パンデミックによる終末を描いた傑作

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パンデミックによる終末世界を描いた傑作です。原作:押井守、画:今敏という二大ビッグネームによるコミックです。

【あらすじ】

21世紀初頭、ユーラシア大陸最奥部で発生した奇病「天使病」。その感染力の猛威にユーラシア大陸の各国家は成す術を知らず。加えて、それを引き金にした内戦、民族浄化は更に膨大な死者と難民の群れを生み、ユーラシア大陸を封鎖せんとする先進各国により、後に「ユーラシア大捕囚」と呼ばれる暗黒時代を迎える。

そんな絶望的な終末的状況下、WHOから「三人」の人物が、「ある目的」の為に、天使病発生の地への旅に出る・・・。

※以下ネタバレあり

21世紀の黙示録

壮大な展開を予感させる世界観を提示していた作品です。

主人公は4人(?)

この世界で圧倒的な政治力を振るうWHO(世界保健機構)から任命された3人の審問官。

生物学者である老教授、反骨精神に溢れた国連難民高等弁務官、そしてバセットハウンド犬(!)。

彼らは、ひとりの謎の少女「セラ」を擁して、遠く、中央アジア・タクラマカン砂漠を目指す。すべての発端となった彼の地に。

曰く

「ユーラシアの深奥部で何かが起こっている。その調査行に貴方の力が必要です」

今敏×押井守『セラフィム~ 2億6661万3336の翼』徳間書店、2011年、30頁。

三人の審問官は、それぞれ、バルタザル、メルキオル、ガスパルの名をWHOから与えられます。これ、エヴァンゲリオン好きな方は、すぐにわかりますね。

そう、東方三博士(マギ)のことですね。イエスが誕生した際、祝福に訪れたという。

とにかく、本作は、キリスト教の暗示に満ちています。

天使病のパンデミックにより、国連や米国を超える絶大な権勢を振るうWHOはローマ教会の暗喩。黒衣を纏うWHOの審問官は、そのまま魔女狩りにおける異端審問官を彷彿とさせ、畏怖の対象です(なんと言っても“審問官”ですから)。WHOの防疫戦略は、“ヘロデ王の所業”とさえ言われる。「ユーラシア大捕囚」は「バビロン捕囚」ですね。

一行が米海軍の艦載機で最初に訪れるのは、動乱によって四分五裂した旧中国の華南民主共和国連邦の深圳。華南(かなん)、そう“約束の地”カナンと同音。

まさに黙示録が具現化した近未来な訳ですが、そんな中、我らが日本は、どうなっているのか?

残念というか当然というか、日本はもう「無い」ようです。

自衛隊機が給油に登場するシーンでは、WHO派遣軍(レギオン)に編入されており、

「・・・守るべき国を喪った軍隊は惨めなもんだな」

23頁。

と米軍パイロットに同情されていますし、「旧日本」というセリフも見られます。

一体、如何なる物語だったのか?

キリスト教、聖書の暗示を散りばめ、膨大な知識を背景に物語は進んでいきますが、わずか16話、上海を脱出した辺りで、連載中断。作画の今敏も逝去し、未完となります。

きっと完成していれば日本のコミック史の金字塔になったのではないかという予感を残しつつ・・・。

とはいえ、残された手掛かりから、物語の行方を推測することは出来るかもしれません。

セラの正体

セラに関して明かされていることは、

  • 時が止まった少女(10年前に発見された時と同じ姿)
  • 天子病禍の村の中で唯一の生存者
  • セラが火刑にされそうだった瞬間、鳥の大群が彼女を救う(火に身を投げる)
  • セラの血液が天子病の進行を抑制する
  • セラの胎内には・・・(?)

これ位でしょうか。

セラを、犬のガスパルだけではなく鳥も守ろうとするところが重要かもしれません。

セラの存在が、単なるひとつの疾病に対する問題ではなく、もっと大きな「役割」があることを窺わせます。

そのセラの「胎内」になにがあるのか?

それは、妊娠を暗示させています。

天使である理由

そもそも天使病の最終形態が、なぜ骨格が変形し、羽毛までも再現された「天使」の姿であるのか?

天使病は、本当に「病」なのか?

人類が、「天使」という意匠を持っていること(知っていること)と当然関係あるのでしょう。

かつて、天使病(の患者の姿)に類する何かが地上に現れ、それの記憶が、伝承となり、そして21世紀に天使病が発生した時、それは、思い起こされ、そう呼ばれた。

アーサー・C・クラークの『地球幼年期の終わり』に、やや酷似しているかもしれません。

地球を支配した「善意」の異星人は、その姿を人類に見せません。その理由は、彼らの姿が・・・。

本作では、「ガイアの夢」というキーワードも盛んに登場します。ガイア(地球)と人間の脳波の共鳴(シューマン共鳴)にも言及されています。

天使病患者の症状も、心地よい幻覚の中、階段を上る夢(ヤコブの階段?)を見たり・・・。

こう見ていくと、天使病は、「病気」などではなく、人類が「何らか」の通過儀礼に臨んでいる。「進化」や「変革」の過程と思えなくもありません。

そして、次のメルキオルの台詞が決定的ではないか。

「中央アジア・・・、そもそも天使病の発生が最初に確認された地での更なる異変・・・。動植物相の変化・・・そして・・・天使病の最終変異に達する者の出現・・・」

121頁。

動植物相の変化。天使病にまつわる事象は、単なる不治の病ではなく、地球単位での「進化」の一事象であり、その鍵として「セラ」がいるのでしょう。その胎内の赤子はいかなる意味を持つのか?

とはいえ、全て妄想で、もはや真実はわからないのですが・・・

なんと!原作の押井守が続編を小説化するという発表がありました!

しかし、発表は2011年・・・10年近くたちましたが、未だ、発売も続報もございません・・・・。