政治学を学び始めるにあたって、以前、入門書の紹介記事を書きましたが、今回は、もっと気軽(?)に、映画を鑑賞することで、「政治」を学んでいく上の端緒にしていただけたらと考えました。
「未知への飛行」
1964年版/2000年版(米)
【あらすじ】
コンピューターの誤作動により、米軍の戦略爆撃機の編隊が誤った指令を受けてしまう。
それは、モスクワへの核攻撃命令。
引き返させる術を失った米国は、ホットラインでソ連書記長に事態を説明し、共同で、爆撃編隊の「撃墜」を図ろうとするが、編隊は次々とソ連の防空網を突破してしまう。
モスクワ到達まであと僅かになった時、米国大統領に残された選択肢は・・・。
↑1964年版
↑2000年版
偶発核戦争の恐怖を描いたポリティカルサスペンスです。
同じテーマの映画「博士の異常な愛情」と同時期の上映だったため、影が薄くなってしまいましたが、「博士の~」がアイロニカルな作風に対し、本作は徹底したリアリズムで、冷戦構造の危うさを描いた社会派の秀作です。
本作は、政治権力、あるいは為政者が、究極の場面で選択せざるをえない「決断」に関して、その悲劇を巧みに描いています。
政治のデモーニッシュな面を考えさてくれる作品です。
1964年オリジナルと2000年のリメイク版があります。
【政治学的キーワード】
国際政治学、政軍関係論、冷戦、核抑止、相互確証破壊、偶発核戦争、フェイルセーフ、国家理性、コラテラル・ダメージ
「オール・ザ・キングスメン」
1949年版/2006年版(米)
【あらすじ】(2006年版)
不正を訴え、失職した地方官吏のスターク。
ところが、その不正が明るみに出たことで、スタークは一躍、時の人となる。
そして、一般大衆の支持を受けて、選挙に勝ち、みるみる権力の階段を上っていく。
そして、ついに州知事にまで昇りつめるが・・・。
米国の地方政治の内幕を暴いた秀作です。
実在した米国の政治家ヒューイ・ロング(1935年に暗殺)をモデルにしています。
陰謀や利権・金が渦巻き、選挙という「闘技場」での仁義なき戦いが描かれます。
権力の持つ魔力に魅せられていく人間の弱さが描かれているとも言えます。
【政治学的キーワード】
民主主義、ポピュリズム、ボス政治、猟官制、米国政治史
「シン・ゴジラ」
2016年(日本)
【あらすじ】
東京湾アクアラインでの原因不明の崩落事故。
官邸危機管理センターにいた内閣官房副長官(政務)の矢口は、これが単なる事故ではないと考えた。
そしてその読みは的中し、未確認の巨大生物が東京湾から出現。大田区に上陸してしまう。
市街地を破壊しながら進む巨大生物に政府・自治体も大混乱に陥る。
刻々と増える被害金額と死傷者の数。
矢口らは、首相に、自衛隊の防衛出動命令を迫るが・・・。
言わずと知れた特撮怪獣映画。それを「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明が制作したのが本作。
ゴジラは、あらゆる「有事」の総体です。それに立ち向かう日本政府が描かれます。
キャッチコピーは「 現実 対 虚構 」
主人公は一応いますが(政務の官房副長官)、あくまで、権力機構・官僚機構として「日本政府」が主人公です。突出した英雄はいません。
現実の政府も、個人というよりは組織であり、皆、その範疇で動いて、ひとつの「機械」となります。そこで個人は「歯車」ですが、その歯車が適切に効率的に誤ることなく動くかどうかによって、国家の命運は左右されます。
【政治学的キーワード】
国際政治学、安全保障論、行政学、日本政治、官僚制、危機管理、日米関係、自衛隊
「12人の怒れる男」
1957/1997年(米)
【あらすじ】
1人の男が死に、息子が逮捕された。
12人の陪審員の男たち。
息子が犯人である事は間違いない。誰もがそう思う単純な殺人事件。
ところが、12人の内、たったひとり、8番陪審員だけが「無罪」に挙手した。
それをきっかけに、12人の男たちの感情と論理の激しい戦いが始まった。
人が人を裁くことの難しさ、権力が人に死を与えることの意味を問うた作品です。
映画史に残る密室劇の傑作ですが、今回はリメイク版をオススメしています。
(人種が多様になって、より、複雑な対立構造になったといえます)
本作のテーマは映画論や法学から見ると、また違ったものかもしれませんが、政治学から見ると、民主主義、市民の責任と義務といった事が読み取れるように思われます。
また、死刑そのものの問題も提起しています。
ちょうど、前述の「オール・ザ・キングスメン」がアメリカ民主主義の影の部分であったとしたら、「12人の怒れる男」は光、アメリカの良心といった具合に対比できます。
【政治学的キーワード】
民主主義、市民、正義、死刑、陪審制、論理、デュー・プロセス、法の支配
「機動警察パトレイバー2 the Movie」
1993年(日本)
【あらすじ】
1999年、東南アジア某国。陸上自衛隊PKO派遣部隊は現地反政府軍の攻撃により、応戦を許されぬまま全滅。
それから、3年後。
突如、何者かの謀略による横浜ベイブリッジ爆撃事件発生。それを機に続発する不穏な事件は、自衛隊と警察の対立を招き、世情は緊迫の度を増す。
遂には首都への陸上自衛隊の治安出動が開始され、東京は戒厳下の様相を呈す。
そして、東京が大雪に見舞われた早暁。
遂に、戦端は開かれた・・・。
今回のラインナップで、唯一のアニメーション映画のご紹介です。
正直、この映画をどう紹介するかは、非常に難しい。
一口に「自衛隊のクーデター」がテーマと言えなくもないのですが、それを越えた、思想的な深みと広がりを持った作品だからです。
20世紀後半における「戦争」形態の変容を捉えた作品とも言えるし、また「戦争と平和」という普遍的なテーマを取り扱っているとも言えるし、はたまた特殊日本的な「戦後日本論」としても捉えることが可能です。
唯一言えるのは、単純な「日本は普通の国になるべきだ」のようなお話ではないということです。
ある意味、邦画において、ひとつの頂点に到達した傑作であることは間違いないでしょう。
【政治学的キーワード】
政軍関係論、戦後論、戦争論、クーデター、内戦、例外状況、戒厳、憲法9条、自衛隊、日米安保条約、日米関係、PKO、海外派兵、ウルティマラティオ
「クイーン」
2006年(英)
【あらすじ】
時は1997年、労働党のトニー・ブレアが首相に就任。
革新派で、反君主制論者の妻を持つブレアの就任にエリザベス女王は複雑な表情を浮かべる。
そんな折、パリでダイアナ元皇太子妃の事故死の報が入る。女王は、ダイアナ妃が既に王室を離れている故に、特別な措置は取らないようにするが、それが世論の反発を招く。
1997年のダイアナ元皇太子妃事故死の際の英王室の内幕を描いた作品です。
登場人物は全員、実在の人物(!)という日本では考えられない歴史映画です。
ここでは、女王は伝統を守ろうとしますが、世論がそれを許しません。
その伝統とは何か?
それは「英国国制」などと保守主義からは称されるものです。
立憲君主制の存続を揺るがしかねない事態の中、女王個人の孤独な闘いが描かれます。
【政治学的キーワード】
君主制、立憲君主制、英国国制、ミランダ、保守主義、革新
「ブルークリスマス」
1978年(日)
【あらすじ】
世界各地で未確認飛行物体の目撃が相次ぐ中、報道記者の南は、「青い血」という奇妙な噂を耳にする。
その「青い血」を追う内に、南は巨大な国際的陰謀の存在に突き当たるのだが・・・。
異色のSF映画です。
テーマは政治の謀略性。
そして再現されるのは、ホロコースト。
他者を脅威として排除しようとする時、それが政治権力と結びついたときの恐怖が身に染みる作品です。
【政治学的キーワード】
権力政治、国家理性、人権、ジェノサイド
「1984」
1984年(英)
【あらすじ】
第三次大戦後、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの三大専制国家に分割され、永久戦争を繰り返していた。そんな西暦1984年。
オセアニアのエアストリップ・ワン(旧英国)のロンドンで暮らす真理省の下級官吏ウィンストン・スミスは、歴史改竄の業務をする内に、禁止された自分の考えを日記に記す行為に手を染める。更には、年若い同僚の女性との秘かな恋を始めてしまう。
やがて、彼は、反体制組織の存在に興味を惹かれるが・・・。
言わずと知れたディストピア(反ユートピア)小説の金字塔、その映画版です。
ここに登場する国家は、全体主義の恐ろしさの全てを集めたような存在です。
即ち、ナチスやソ連、北朝鮮、中国などのごった煮であり、煮詰めた結果です。
それは逆に言うと、「政治」のひとつの極点、極北を活写した姿です。
「政治は全てを手段化する」と言いますが、まさにそれが行われます。
政治を学ぶ以上は、この負の部分に目を瞑る訳には、いきますまい。
【政治学的キーワード】
全体主義、専制政治、権力政治、洗脳、プロパガンダ、ディストピア
「蠅の王」
1963年/1990年(英)
原作はウィリアム・ゴールデンの同名小説の映画化です。
陸軍幼年学校の生徒たちを乗せた飛行機が、大洋の真っ只中に墜落。
なんとか絶海の無人島に泳ぎ着いたが、唯一の大人である機長は瀕死の重傷を負う。
どこからも救援の見込みがない中、年端もゆかない24人の少年たちの決死のサバイバルが始まる。
『15少年漂流記』などに代表される「漂流もの」の古典です。
大人がいないアナーキーの出現と、秩序の創出の努力、党派の発生と、武力紛争の勃発…。
まさに政治権力の不在と生誕を描いた作品と言えます。
また、本作は、そのラストが秀逸ですので、是非、ネタバレ無しにご覧になるのをオススメします。
ちなみに、ふと思ったのが、この作品は、全員が少年、男性です。
ここに女性(少女)が混じっているとどうなるのか?
少年と変わらないプレーヤーに過ぎないのか?調停者なのか?争奪対象になってしまうのか?
対立紛争は激化するのか?緩和されるのか?
考えてみると、興味深いかもしれません。
【政治学的キーワード】
権力と暴力、文明と野蛮 政治的秩序、万人の万人に対する闘争、自然状態、『リヴァイアサン』
「生きる」
1952年(日)
【あらすじ】
市役所の市民課長の渡辺は、毎日を大量の書類の処理と、如何に「何もしないか」という「お役所仕事」の中で生きてきた。
しかし、ある日突然、自身が胃ガンであり、余命いくばくもないことを知る。
自分の人生がまるで空虚であったことを思い知った彼は、ある行動に出るのだった…
巨匠・黒澤明監督の作品です。
死期を悟った男が、自分の人生に意味を見出そうと、一発奮起して、役所の形式主義・慣例を無視して、市民の要望を実現しようと悪戦苦闘する姿が描かれます。
黒沢作品のヒューマニズムの代表作とも言われますが、官僚主義に対する痛烈な批判も、テーマの大きな部分を占めています。
また、「死」を前にして、初めて「生」を考えるというのは、ハイデガーが批判した「ダス・マン」(ただ人として生きる)から、「実存」、つまり「死」を覚悟して人本来のあり方を回復する過程にも見えます。
【政治学的キーワード】
官僚制、官僚主義、「訓練された無能力」、消極的権限争い、セクショナリズム、マックス・ウェーバー
「17才の帝国」
2022年(日本)全5話
映画ではありませんが、NHKドラマからも一作品ご紹介します。
【あらすじ】
202X年。日本は、GDPで戦後最大の落ち込みを記録し、失業率は10%を超え、かつての「経済大国」の名は過去のものとなり、G7からも「除名」された。世界はそれを「サンセットジャパン」と呼んだ。
起死回生の策として、時の政権は、一地方都市を独立特別行政区「ウーア」とし、政治AI「ソロン」と、それが選んだ若者による「全く新しい政治」を目指した社会実験を開始した。
ウーアの首長として、ソロンに選ばれたのは、弱冠17歳の高校生だった・・・。
政治AI、未成年の為政者たち、日本の没落など、興味がそそるテーマを詰め込んだSF×政治ドラマです。
しかしながら、そこで語られたり、青年たちがぶつかるのは、現実政治・現代日本社会が抱える様々な問題・病根であり、最初のイメージよりも遥かに硬派な社会派ドラマに仕上がっています。
★考察記事はこちらです→NHKドラマ「17才の帝国」(感想・考察)【全3回】
【政治学的キーワード】
ラディカルデモクラシー、直接民主政、代表デモクラシー、権力分立、社会実験、世論