押井守監督、渾身の傑作にして問題作である「機動警察パトレイバー2 the Movie」。
本作は、舞台を「2002年」と明示しています。
そして各事象の発生日時も、特定できるように演出がなされています。
今回はその時系列を見ていきましょう(少し、与太話も)。
2月21日(木)
・南雲警部が首都高横羽線を帰隊中、横浜ベイブリッジが爆発。
・報道特別番組が流れる中、海外メディアが入手した爆発の瞬間を捉えた映像(ホームビデオ)の片隅に日付けが記されています「02.2.21」。
2月22日(金)
・松井刑事が映像制作会社を訪れる。
・陸幕調査部別室の荒川が後藤と南雲のもとを訪れる。
・“幻の爆撃”が展開される。
・中部航空方面隊SOC(作戦指揮所)のモニターに、日時が打刻されています。
「2002.2.22」。ちなみに22時台です。
陸幕(陸上幕僚監部)の調査部別室の荒川が登場しますが、この「別室」が曲者。実は、同じ、陸幕調査部には「別班」というのも存在しました。
別室は、陸幕調査部調査第二課別室がその正式名称であり、電波情報収集(シギント)を行っています。
別室は、1983年の大韓航空機撃墜事件で、この際、ソ連軍機と地上指揮所の交信を傍受しており、これが米国に提供され、ソ連への責任追及に使われたことで、一躍有名になります(現在は情報本部電波部)。
対して別班は、同じ陸幕調査部にありますが、ヒューミント(人的諜報活動)に従事してきたと言われています。
そして前者が警察官僚の縄張りであったのに対し、後者は米軍と緊密に連携した制服組の軍事諜報機関だと言われています。
従って、明らかにヒューミント寄りの荒川の所属が「別室」というのはミステイクで、本来であれば、別班を名乗らせるべきだったでしょう。
さて、本作屈指の名場面である「幻の空爆」ですが、主な舞台は航空自衛隊入間基地にある中部航空方面隊作戦指揮所(中空SOC)です。
この「幻の空爆」の最中、成田空港の管制室あるいは運輸省東京航空交通管制部(所沢)の混乱も描かれますが、その際、管制官の「府中から連絡のあった奴か。無茶しやがる。」という台詞があります。
ここで登場する「府中」は、東京都府中市にある航空総隊司令部のことで、上述の中部航空方面隊は、ここの指揮下にあります。
この航空総隊司令部も、現在は、府中基地から在日米軍横田基地内に移転しています。
なお、この「幻の爆撃」で使われている用語(英略)ですが
- FI→要撃戦闘機(F15J)
- FS→支援戦闘機(F16J)※現在はFIとFSの区別は廃止。
- SS→防空監視所=レーダーサイト。劇中の「SS37」は「第37警戒群」。
- SIF→敵味方識別装置(IFF)の一種。
2月23日(土)
・荒川と後藤の密会(戦争と平和を巡る問答)
・同日、三沢基地は籠城状態に突入。
ここで参考になるのは、戦前のゴーストップ事件(1933年)でしょう。
大阪市内での警察官(交通巡査)と軍人(非番の一等兵)の信号無視を巡る口論・乱闘事件が、内務省と陸軍省の対立にまで発展した事件です
「軍が陛下の軍隊ならば、警察も陛下の警察」(粟屋仙吉)の名言が飛び出した事件ですが、パトレイバー2では、政治力が圧倒的な警察に対して、自衛隊は「籠城」という形を取ります。
この対比はある意味、象徴的で、戦後における政軍関係をよく示しているでしょう。
一度、帝国軍隊が解散させられ、再軍備で誕生した自衛隊が、当初、「警察予備隊」という「警察軍」としてスタートし、防衛庁の文民(内局)の重要ポストにも警察官僚が座ることになります。
徹底的に、警察が軍隊(自衛隊)を風下に置き、統制していることがわかります。
更に、公安警察は、自衛隊内の不穏分子(いわゆる“特定隊員”)を監視する為に、「マルジ」という専従セクションを置いているとも言われます。
さて、後藤と荒川が「戦争と平和」を巡る問答を繰り広げるように、本作は、非常に思想性が強い作品となっています。押井守自身が、「劇映画というよりは論文みたいな映画」と自ら語っています※1。
(関連記事:「機動警察パトレイバー2 the Movie」後藤と荒川の「戦争と平和」の問答を紐解く【全2回】)
そんな本作には、その元ネタ(?)というか、思想的背景になった本(論文)が存在しているとも言われています。以下の記事に詳説しましたので、ご興味のある方は是非。
(→「機動警察パトレイバー2 the Movie」の元ネタ?『<ワードマップ>戦争~思想・歴史・想像力』~押井守×市田良彦の「戦争」)
2月24日(日)
・特車二課は練馬駐屯地の警備(包囲)に出動。
・夕刻には緊急放送が流れ、自衛隊の治安出動が始まる。
練馬駐屯地で警備にあたる警視庁の陣容は、警備部から特車二課と第四機動隊、加えて所轄警察署(第十方面本部光が丘警察署)ですが・・・、
あの構図、練馬駐屯地の正門で守備隊と睨み合っていると思われますが、そうすると、あの交通量の多い川越街道(国道254号)を、日曜日といはいえ、おそらく通行止めにして、機動隊や警備車両、パトレイバーを並べていることになりますね。
下の写真を見ていただくと、作品の印象よりも道路も駐屯地正門も奥行きや幅がないことがわかります。
後藤が荒川から電話を受けるシーンで、背後に「黄色い飛行船」が通過していきます。
飛行船には「ウルティマラティオ(Ultima Ratio)」という文字。これはラテン語で「最後の理性」の意。転じて、政治学においては、「国家理性」が最後に発動する「最後の手段」、即ち軍事力の行使を意味します。
自衛隊の治安出動という、決定的事態を告げるシーン故の演出です。
夕刻に緊急放送が流され、陸上自衛隊の「信頼のおける部隊」が都内に出動します。
ここで三点ほど問題があります。
政府の決定が当日の日中だったとして、その日の夜(街頭の人通りから17~22時くらい?)に、あれ程の部隊を出動させられるのか?
ちなみに、警視庁レイバー訓練学校の食堂で、治安出動のテレビ報道に対して立ち上がる太田を佐久間教官が制止するシーン。ここで、壁掛け時計が見えますが、その時刻は18時50分あるいは19時50分と、正確に判別できません。
ともかく。おそらく、22~23日には情勢が緊迫し、非常呼集がなされていたかもしれません。
少なくとも、24日の午前中には東部方面隊(関東甲信越地方の警備)の部隊は第三種非常勤務体制(全所属人員の召集)に突入していたのでしょう
あとは、各駐屯地の弾薬備蓄で、出動部隊の携行弾薬がどこまで賄えたか。事態が急すぎるし、何より出動部隊の規模が大き過ぎる(なんせ、1個師団及び1個教導団の総力出動)ので、各弾薬支処からの輸送も相当大変ではないかと感じます。
それに、警察は、輸送を“妨害”しかねない(なんか、往年の小林源文『レイド・オン・トーキョー』ですね)。
次に「信頼のおける部隊」。ニュースを聞いている限り、第1師団と富士教導団の総力出動に見えます。
それには、練馬駐屯地で警視庁と睨み合っていた第一普通科連隊も含まれています。
では、一体、逆に「信頼のおけない部隊」があったんですかね?
これはおそらく詭弁で、実際には、通常の戦闘序列(指揮系統)通りに出動しているだけでしょう。
国民への広報向けに「信頼のおける部隊」と言及しているに過ぎません。
ちなみに、226事件の際に、決起部隊自体を戒厳部隊に組み込んでしまう(!)というウルトラC的な戦時警備命令を戒厳司令部が発したのを連想しますね。
最後に、自衛隊の出動に際して、「(政府は)陸上自衛隊内の信頼のおける部隊に出動を要請した」という緊急放送。
この「要請」というのが大問題です。
要請というのは、指揮命令系統が別の機関に対して行われる、要するに「お願い」です。
では、政府は、自衛隊に「お願い」するのでしょうか?
自衛隊は政府の指揮下にあります。最高指揮官は内閣総理大臣です。
明確な上下関係があり、要請を「する・される」関係ではない。
故に、政府(内閣)が自衛隊に行うのは「命令」「指示」であって、「要請」ということは決してありません。
自衛隊と指揮命令関係がない地方自治体などが、自衛隊に出動を「要請」することはあります(災害派遣や「要請による治安出動」)。
地方自治体と自衛隊は別個の独立した機関ですから、「お願い」するのです。
それを受けて、自衛隊が出動するのも、最終的には、その要請を受けて、政府が命令して実行されるものです。
ですから、本作でのこの描写は、明らかなミステイクか、あるいは、「要請」という言葉で、政府が自衛隊出動の印象を和らげようとしているかもしれません。
先述の「信頼のおける部隊」の有無同様に、一種のプロパガンダとして。
2月25日(月)
・東京は事実上の「戒厳」下に置かれる。
・夜半雪が降りだし、南雲は電話で呼び出される。
・国会議事堂前でSAM(地対空ミサイル)をバックに、ミリタリーオタクが記念撮影した写真の日付けが「2002.2.25」
25日は月曜日なので、日曜日の夜に「あの」出動を、お茶の間のテレビで見せられ、休み明けの翌朝に出勤すると、まるで、「非現実的」な“戒厳下の日常”を、人々は突き付けられる形になります。
第三世界、周辺国で恒常的に施行され続けてきた戒厳状態。それはニュースのワンシーンでしかなかった。
日本人にとって、まさに、「モニターの奥に押し込め」た筈の光景が眼前に広がるのです。
ところで、「戒厳」状態のことを、よく「戒厳令下にある」「戒厳令が発令された」という表現の仕方をされますが、厳密に言うと、これは誤った用法です。なぜなら「戒厳令」というのは戦前日本にあった実定法の名称、つまり固有名詞で、太政官布告三十六号のことを指すからです※2。
さて、なぜ治安出動ではなく“出動”なんでしょうか?
作中、明確には「治安出動」とは言明されていません。
押井守自身による本作のノベライズ版『TOKYO WAR』(エンターブレイン)では、緊急放送で、「治安出動にはあたらない」との言及すらあります(170頁)。
自衛隊法78条あるいは81条の「治安出動」においては、武器の使用は認められますが、そうではない「出動」ならば、その法的根拠がよくわかりません。
これも、「治安出動させた内閣」という汚名(?)を回避しようとする政府の玉虫色の妥協策でしょうか?
ちなみに、「戒厳」に関しては、実に複雑な議論があり、それそのものが、押井守が本作に込めた思想と大きく関わります。ご興味のある方は、下記の記事の【「政治」と「法」の狭間で】の節をご覧ください。
(→「機動警察パトレイバー2 the Movie」の政治哲学的考察 連載② ~「戦後」を終わらせる為の、たったひとつの冴えたやりかた~)
2月26日(火)
・“ヘルハウンド”が首都を蹂躙。
・新宿に飛行船墜落
・米国が“軍事介入”の事前通告
・篠原重工八王子工場の時計が深夜0時を回った瞬間に「2.26」が「2.27」に変わります。
初期シナリオには存在していたが、カットされたシーンを、脚本の伊藤和典が、ムック本のインタビューで明かしています。
習志野の空挺レイバー隊が都心に強引に降下してしまって収拾がつかなくなる、というシチュエーションも予定していたんですが、これは、やると現場の収拾がつかなくなりそうだったので中止になりました。まあ、そこまで“状況”が進行してしまうのは柘植の本意でもないでしょうし。
『機動警察パトレイバー2 the Movie』小学館、1993年、158頁。
想像するに、第1空挺団のヘルダイバーが永田町に降下し、富士教導団の90式戦車と「交戦」する展開ですかね。
“レイバー嫌い”の押井監督の事ですから、戦車の圧勝ではないか、と。
ちなみに、富士教導団は長官直轄部隊、第1空挺団は東部方面隊の隷下です(当時)。
おそらく永田町・霞が関には、長官直轄の教導団が配備される気がします。
指揮系統が違う(もしかしたら首都警備司令部が立ち上がっているかも?)部隊が、“状況”の混乱の中、同士討ちになってもおかしくはありません。
荒川が、米国の軍事介入の通告を後藤に伝えます。
「現在、第7艦隊は全力で西進中。各地の在日米軍基地も出動準備に入った。」
第7艦隊というのは、「艦隊」と呼称されていますが、正確には、海軍の管轄海域のことで、「第7艦隊」という、ひとまとまりの艦艇の一団があるわけではありません。
太平洋は、東西で(東経160度)、第3艦隊と第7艦隊で分担されています(両艦隊の上級単位が太平洋艦隊)。
例えば、米海軍の艦艇が、太平洋で東経160度を西から東に入ると、160度以東の東太平洋を管轄する第3艦隊の隷下に入ります。
逆に東から西に入ると第7艦隊の隷下に入ります。
従って、「第7艦隊は全力で西進中」というのは、太平洋艦隊の艦艇(空母戦闘グループ等)が、日本に向かっている、という意味になります。
また、在日米軍には、有力な地上戦力がありません。戦車もありません。
主力は空軍と海軍です。
ただ、沖縄には第3海兵師団がいますが、これも、実際の地上戦力は小規模です。
おそらく第31海兵遠征隊が小規模ながら独立した地上戦闘力があると思います。
なので、米国が「本気」で、東京に「侵攻」「占領」するのなら、米本土やハワイ、在韓米軍などから海兵隊・空挺部隊等を投入する必要があります。
2月27日(水)
第二小隊、“最後の出動”
首謀者、柘植行人の名前の由来ですが、ムック本でのインタビューで押井守が以下のように言っています。
柘植の名前は“告げゆく人”という意味なんです。預言者なんですね、“荒野より呼ばわる声がする”。
『機動警察パトレイバー2 the Movie』小学館、1993年、161頁
わずか1週間の「戦争」
いかがだったでしょうか?
今回、作中内で日にちが明示されていた箇所は4か所
- ベイブリッジ爆発のホームビデオ
- 中空SOCの戦況モニター
- 国会前でのミリオタの記念撮影
- 篠原重工八王子工場の時計
でした。これに朝夕晩の動きを加味すると、2/21~2/27の僅か7日間の出来事だとわかりました。
かなり速く「状況」が進行していたのがわかります。
わずか1週間の出来事。
観ている時は2週間位かな?と思っていました。
これだけ「状況」が速いと、対応する側は、その「時間的優位」に翻弄されてしまうでしょう。
なお、本作の政治哲学からの考察を以下で行っています(全三回)↓
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【注】
※1、DVD「機動警察パトレイバー2 the Movie」(エモーション)のブックレットより。
※2、北博昭『戒厳~その歴史とシステム』朝日新聞出版社、2010年、6-7頁。