機動警察パトレイバー旧OVA「二課の一番長い日」解説・考察【前編】~自衛隊クーデターのリアリティ(押井守)

「東京で俺たちを待っていたのは、戦争だった・・・」

前編より(篠原遊馬)

あらすじ

2月、雪の気配を漂わせる東京。

特車二課第2小隊の面々が休暇で、それぞれ思い思いに過ごす中、

東北縦貫道での検問を、不審なレイバー積載トレーラーが強行突破し、追跡のパトカーを銃撃するという事件が起こる。

その事件に、「何か」の前兆を嗅ぎ取った第二小隊長の後藤は、密かに行動を開始する。

そして、そんな矢先。東京が大雪に見舞われた早暁。

後藤の予感は的中し、陸上自衛隊の叛乱・クーデターが勃発した。

押井守節全開のクーデター劇

1988年にオリジナルビデオアニメーションとして制作されたパトレイバーOVAシリーズ(旧OVA)の第5話・第6話です(前後編)。

1~4話は、怪談あり、テロ阻止あり、と、特車二課の日常と活躍を凝縮した一話完結の秀作でしたが、一転、5-6話はシリアスな展開となりました。

タイトルからして、「日本のいちばん長い日」のオマージュであり、不穏極まりないですが、それもその筈。本作は「自衛隊のクーデター」という、ポリティカルサスペンスです。

今回は、この押井守節全開の傑作を深堀してみます。

「自衛隊のクーデター」のリアリティ

米国の戦略家エドワード・ルトワックの『クーデター入門~その攻防の技術』(初版1968年)といえば、全世界のクーデターを(たくら)む陰謀家の皆さんの愛読書ですが(きっと、甲斐冽輝も読んでいた筈)、このクーデターの「手引書」から見ると、自衛隊によるクーデターというのは、一体どう考えられるのでしょうか?

まず第一に、クーデターは、先進民主国では極めて困難であるという点が挙げられます。

少数のエリートが運営する中央集権国家の権力は、厳重に守られた宝物のようなものである。一方、発達した民主国における権力は、自由に漂う大気のようなものであり、それをつかみ取れるものは誰もいない

ルトワック『“ルトワック”のクーデター入門』芙蓉書房出版社、2018年、62頁

肥大化した行政国家において、その権力は分散し、複雑なシステムを構築しています。

仮に、作中のように、永田町や霞が関を占拠・制圧したとして、それは、この国の政治中枢の麻痺を意味しますが、政治権力の樹立とイコールとは限りません。広く分散した「大気のような」社会(・・)権力全体を果たして「服従」させ得るのか。

それができなければ、それは叛乱であってもテロの類で、政権奪取という目的を果たせないことになります。

ともあれ、決起してしまったのだから、致し方なし。先を続けましょう。

自衛隊クーデターの戦術論

首都圏で決起した部隊は、おそらく第1師団と第1空挺団でしょう。長官直轄の富士教導団が加わっているか微妙ですが、決起部隊の陣容(戦闘レイバーや戦車の数)を見ると参加しているかもしれません。それに第1リコプター団やどこかの対戦車ヘリ隊の姿も。

これらの部隊で、赤坂見附、半蔵門、虎ノ門、桜田門、三宅坂を結ぶ線内を完全に制圧していました。

ここでピンと来る方もおられるでしょうが、226事件と同じく、皇居はここに入っていません。

クーデター後の政権を合法化する方法については、(中略)名目上の国家元首(憲法でそうした役割が定められている場合だが)を拘束し、新政権発足後もそのまま元首として存続させるのだ。この方法であれば、外見上の継続性を維持できるだけでなく、見かけ上の正統性も保つことができる。

ルトワック、259頁。

昭和天皇の(パトレイバーの世界線では昭和は続いているらしい)身柄、つまり「玉体」を物理的に「拘束」するというのは、いかに決起部隊でも心情的に「無理」でしょう。しかし、宮中を放っておくと、それこそ皇宮警察の機転で、葉山の御用邸か京都御所にでも脱出されれば、目も当てられません。

少なくとも、宮中と外部との通信を遮断し、皇居各門を「封鎖」し交通を遮断する必要があります(226事件はここで躓いています)。

面白いもので、官庁街を制圧したものの、防衛庁(港区赤坂・檜町)は占拠されていません。

後藤が蕎麦屋で見ている報道特別番組で、わざわざ、クーデターへの関与を否定、「決起部隊を反乱軍とする」声明を発表する始末です。

官庁街の決起部隊が本隊だとすると、このクーデターには別動隊が存在します。

それは、報道特別番組の中で言及されていた東京証券取引所(兜町)、NHK放送センター(渋谷)、そして特車二課棟(湾岸の埋め立て地)。

これらは本隊と離れた、いわば飛び地です。

海法警備部長の発言で、「都内各所で決起部隊と睨み合っている警察部隊」とあるように、決起部隊と警察は対峙している筈です。

警察庁首脳陣が拘禁されていたとしても、道府県警・管区警察局には警察官僚がいる訳で、関東一円の警察力を東京に集中するでしょう。

そうすると、飛び地の部隊は事実上、警察(機動隊)に包囲されている状態であり、補給・連絡を考えると、時間が過ぎれば過ぎるほど、厳しい状況に置かれます。なにせ、せいぜい各所とも1個普通科中隊規模でしょうから。

(特車二課にはパトレイバーがあるので普戦協同※1でしたが)

その肝心のパトレイバーですが、後藤の機転で、前夜から第1小隊が警視庁本庁舎に配備され、決起部隊の警視庁占拠を阻止します。

ルトワックは、「象徴的な建物」の重要性も指摘しています。

クーデターを実行中の微妙な時期に、重要な役割を果たし得る象徴的な建物は確かにある。どちらが権力を握っているのかが分からないような混乱期に、どちらか一方が占拠すれば、国民や官僚に対する一つの大きなシグナルとなるような建物だ。

ルトワック、203頁。

警視庁のあの白い庁舎はテレビでもお馴染みで、ひとつの象徴、警察権力を体現しています。

警視庁は、本来、東京都警察本部なのですが、戦前からの伝統かつ首都警察として、その存在感は大きい。

ここを占拠できるかどうかで、視覚的なプロパガンダ効果も大きく変わるでしょう。

これを逃したのは決起部隊の大きな失点です。逆に、南雲がこだわるのも一理あると言えます。

(あと象徴的な建物といえば国会議事堂でしょうか。そちらは占領しましたね)

ともかく、完璧といわずとも、決起し、中枢は占拠しました。

救国軍事会議のクーデターの方が手際が良いですが。

しかし、これですべてではありません。

ところがそれですべてはが終わったわけではない。たしかに旧体制は国家の中枢機能を奪われたが、だからと言ってわれわれがそこを掌握したわけではなく、ただ単に物理的な面から首都という限定的な地域で支配権を確立しただけに過ぎない。

ルトワック、259頁。

海自と空自、地方の部隊は何をしているのか

「国を守るべき者が、国を乗っ取ろうとするとき、これを打倒するには、我々をおいて他になく、今こそ全国民の期待は我々の双肩にかかっているはずです!」

後編より(南雲しのぶ)

確かに、決起部隊は官庁街を制圧しましたが、忘れてはいけないのは、日本の物理的強制力(暴力装置)の極々一部の「決起」に過ぎないという事実です。

警察ははじめから敵です。しかし、武力そのものは比較になりません。純軍事的には相手にならない。

それよりも問題なのは、決起しなかった部隊(こちらの方が大部分)の方です。

仮に決起部隊が第1師団・富士教導団・第1空挺団だとします。

しかし、その周りには第10師団(中部地方)、第12師団(北関東・上信越)、第6師団(東北南部)の3個師団がいる訳です

ルトワックは、西ドイツを例に、例えボンでクーデターを起こしても、周辺に、鎮圧側として介入してくるであろう部隊が多数いて(在西独NATO駐留軍は考慮に入れずとも)、成功の見込みは少ないとしています(ルトワック、49頁)。

決起側にとって、首都周辺の部隊は味方に引き入れられなくても、少なくとも中立化したいところです。

ですが、その工作も、範囲を広げれば、防衛庁や公安警察に察知されるリスクがあります。

海法が「現在は静観している各師団」と言っていますが、これは、決起部隊にとっては、ベストではないですが、ベターな状況でしょう。

もし、いずれかの師団長が「決心、早期鎮圧」となれば、同胞相撃つ、内戦です。

そこは米軍からの「情報」と「勧告」もあって、静観なのかもしれません。

ところで、クーデターの主体は陸軍だと相場は決まっていますが(?)、三軍を構成する残り二つの軍種はどうするのでしょうか?

航空自衛隊はここでは主役になり難い。基地を陸自に包囲されてしまうと身動きが取れないので、基地所在地の陸自の動向に左右されるでしょう。

ここで注目すべきは海上自衛隊でしょう。

甲斐の乗っ取った2隻のフェリーを警戒監視するのに出動しているように、決起部隊に対しては中立よりは鎮圧の方に傾いているように見受けられます。

これは226事件と同じです。

しかし、惜しむらくは、鎮圧のための地上での戦力が無い。

(海自には陸警隊という地上部隊がありますが、基地警備部隊です)

陸自の決起部隊に対抗するには装備・火力・兵員ともに比較になりません。

まさか東京湾から護衛艦で艦砲射撃する訳にもいかず・・・。

クーデターを防止する手段としては、

とにかく最も重要なのは、軍や準軍事的な組織、そしてその他の安全保障組織を完全に分離することにより、強制力を独占させないということだ。

ルトワック、3頁。

つまり、カウンターシステムを備えて、ひとつのユニットの叛乱に対しても、別のユニットが対抗できる余地を残しておくことです。

例えば海上自衛隊に常設の陸戦隊があれば、決起部隊と対峙できたでしょう。

(空自に地上部隊というのはゲーリングの空軍野戦師団を彷彿とさせますね)

さて、決起が成功したということは、決起に参加していない自衛隊各将官(高級指揮官)が、中央(日本政府)からの指揮・統制が無くなってしまい、個々の判断で動ける状態になっているという事を意味します。

防衛庁が占拠されない謎

ところが、本作のクーデターには、一定の留保がつきます。

それは、防衛庁が占拠を免れている点です。

確かに自衛隊の最高指揮官たる首相と防衛庁長官は拘禁されているでしょうが、防衛庁はまるまる残っている。

つまり、内局(背広組)と統幕会議・陸海空の三幕は存在しているのです。

(もちろん三幕から決起に加わった高級幕僚もいるでしょう)

防衛庁が機能しているのは、「決起部隊を叛乱軍と規定」する声明を出していることからわかります。

逆に言えば、そんな声明を出せるほどには、組織として規律があり統制があるということです。

防衛事務次官なり統幕議長なり三幕僚長がリーダーシップを取っている、あるいは意思統一を図って集団指導体制を敷いている。

これはいけない。

なぜなら、防衛庁が地方の部隊を、ある程度統制できる余地があるからです。

防衛庁が、「決心、断固鎮圧」とすれば、少なくとも大義名分は防衛庁側にあります。

もちろん、それは超法規的な防衛(あるいは治安)出動命令になりますが、命令権者が拘禁されている状況下での非常の手段として、憲法秩序を回復するという正統性があります。

この場合、防衛庁も決起部隊も違法ですが、防衛庁には正統性があり、鎮圧に加わる方が分があると踏む指揮官も多いはずです。

クーデターの制圧目標に防衛庁を加えないのは、最大の失点でしょう。

なぜ、そうしなかったかは不明ですが、もしかすると無血クーデターを企図しており、防衛庁の警備部隊(檜町警備隊:1個中隊)と交戦することを避けたかったのか?

この「友軍相撃」を避けるというのは、戦前の226事件においても見られる現象のようです※2

昭和天皇の意向があったにも関わらず、なぜ、陸軍首脳部は、鎮圧に及び腰だったのか?

それは、皇軍同士が衝突・交戦し、流血の事態になれば、その後、一体何が起こるのかを考えれば自ずと答えは導き出せるようです。

中隊長の命令に従った兵卒が逆賊の汚名をきたまま死亡したらどうするのか。鎮圧側にいて死亡しても、遺族は黙っていないだろう。それまで必要以上に軍を持ち上げてきたから、その反動でこの国の軍隊はなんなのだとなる。

藤井非三四『二二・六帝都兵乱』草思社、2010年、286頁。

これは国体の危機に直結します。

問答無用の武力行使は徴兵制度の危機を招くからだ。志願ではなく義務として徴収された兵卒が、中隊長の命令に従っていたがために死傷する事態となったならば、国家はどう申し開きをするのだろうか。

藤井、6頁。

この状況は、自衛隊クーデターにも、やや違った形で、適用されるでしょう。

つまり、防衛庁を巡って檜町警備隊と交戦状態、流血の事態となった時、何が起こるか?ということです。

檜町警備隊は1個中隊規模の軽装備(小火器程度)の普通科中隊です。

決起軍相手では、瞬時に制圧されるでしょう。

しかし、そのことが及ぼす波紋は極めて大きなものになります。

檜町警備隊は、全国の普通科連隊等から輪番で差し出される中隊です(1週間程担任)。

もし、この檜町警備隊を武力制圧した場合、その中隊を差し出していた親元たる連隊、師団が激怒することは想像に難くありません。

「檜町警備隊の仇を討つ。決心、断固鎮圧」と、部隊を率いて上京する連隊長、師団長が出るかもしれない。

そうすると、これに呼応し、「友軍、同胞に銃を向けるとは、決起軍に義なし」と、鎮圧に傾く幹部自衛官が全国各地で立ち上がるかもしれない。

こうなると、決起側の最も恐れていた内戦です。

また、決起軍の尉官や陸曹・陸士にしても、単に上官の命令で出動しただけの人間が大半で、まさか、友軍を攻撃するとは思っていない。

仮想敵国ならまだしも、同じ自衛官の仲間の血が流れれば、もはや士気・団結を維持できない。

命令不服従や、部隊からの離脱、投降、寝返りが頻発し、決起自体が水泡に帰す恐れがあります。

故に、決起軍首脳ができることは、警視庁本庁舎と同じく、せいぜい防衛庁を包囲・封鎖する程度でしょう。

故に、本作では、防衛庁は占拠を免れていたのかもしれません。

どちらにしろ、救国軍事会議のクーデターの方が優れています。

次に、後編では、そんなクーデターの「最大の障害」に関して見ていきましょう。

【後編に続く】

→機動警察パトレイバー旧OVA「二課の一番長い日」解説・考察【後編】~自衛隊クーデターの幻想(押井守)

【脚注】

※1.普戦協同とは、普通科(歩兵)と機甲科(戦車)が相互に援護して、共同で戦闘すること。

※2.藤井非三四『二二・六帝都兵乱』草思社、2010年。

【参考文献】

ルトワック『“ルトワック”のクーデター入門』芙蓉書房出版、2018年。