押井守×宮崎駿「機動警察パトレイバー2 the Movie」対談~噛み合わない2人の「戦後」と「戦争」

押井守監督の劇場版アニメ「機動警察パトレイバー2 the Movie」について、月刊「アニメージュ」紙上にて、押井守とスタジオジブリの宮崎駿との対談企画がありました。

題して、「映画・機動警察パトレイバー2をめぐって~時代にケリをつけるために」

対談が行われたのは、パトレイバー2公開当時の1993年。8月12日、長野県の宮崎駿監督の山荘。

今回は、30年近く前の対談を改めて振り返りたいと思います。

(著作権の関係上、座談会のページを載せる訳にはいきませんのであしからず)

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※対談は、後にムック『押井守全仕事リミックス』(キネマ旬報社)、押井守『すべての映画はアニメになる』(徳間書店)にも再録されています。

噛み合わない「軍人」像

宮崎は、映像や語り口の巧みさなど、見応えがあったと評価する一方、首謀者の柘植という人物像に疑問を呈します。

柘植が発砲を躊躇すること、それでいて、部隊が壊滅してから結局発砲しいてる点に。ならば、最初から撃て。と。

押井は、反論します。

押井「そういうプロフェッショナルな軍人の意識というのは、今の日本の自衛隊の中にはないと思うんです。」

月刊「アニメージュ」1993年10月号、徳間書店、27頁。

議論は、このまま噛み合わないまま進行しますが、ここでの要点は、2人が考えている「軍人」像の違いだと思われます。

宮崎が言う「軍人」(職業軍人)というのは、近代軍隊に普遍的なプロフェッショナルな軍人像です。

部隊を預かった以上、前線指揮官として「射撃」すべきだし、その是非が問われるなら、後日に軍法会議(日本にはないですが)なりなんなりで堂々と抗弁すればよろしい。と。

宮崎駿は、マスコミが作る(?)イメージと異なり、軍事に対しては、相当な(こだわ)りを持っている映画監督です。

あんまり人に自慢できる趣味じゃないんですが、 ようするに軍事関係のことが好きなんですね。 くだらないなァと思いながらも、軍事関係のことが好きなんです。

なんと愚かなことをするんだろう…と思いながら、なんてバカなんだろうと思いながら戦記などを読んでいるんです。でも、愚かだとわかりつつも、狂気の情熱みたいなものが、どこかで好きなんですね。

宮崎駿『宮崎駿の雑想ノート(増補改訂版)』大日本絵画、1997年、2頁。

宮崎の言う職業軍人像は、プロフェッショナリズムが貫徹された軍人像です。

政軍関係論※1の古典として名高いサミュエル・ハンチントンの『軍人と国家』の中において、軍事的プロフェショナリズムを担う「将校」に関して、こう定義されています。

しかもなお、すべてのあるいはほとんどすべての将校に共通した、そしてすべてのあるいはほとんどの文民からこの将校を区別するような特有な軍人としての能力の分野というものが、 存在するのである。そのもっとも重要な技能は「暴力の管理」 (The management of violence)というハロルド・ラスウエルの言葉におそらくもっともよく要約されている。軍事力の機能は、武力を使った戦いを成功させることにある。

サミュエル・ハンチントン『軍人と国家』(上)原書房、2008年、13頁。

対して、押井の描いた柘植という人物、その軍人像は、あくまで、特殊日本的な「自衛官」という存在に限定されます。

自衛隊・自衛官というのは、戦後日本が生み出した、特殊な存在です。

軍人にして軍人に非ず。

軍隊と警察の中間に「警察軍」という存在があります。ある意味、これが近い。

その出生から、「警察予備隊(National Police Reserve)」という、「警察」を冠して登場し、警察官僚の統制に服してきた存在。

在日米軍事顧問団幕僚長の回想録には・・・

警察予備隊に関するマッカーサー元帥の構想は、将来四個師団の陸軍に増強できる疑似軍隊をつくることであった。(中略)

このように予備隊は創設期より、法律的にははなはだ疑わしく、曖昧模糊として、いかにもすっきりしない立場におかれているのである。したがって予備隊編成の初期の段階では、予備隊と折衝する米軍顧問は、平気で二枚舌を使いわけねばならなかったし、予備隊の指導者でも事情を知っている少数のものを除いては、話の辻つまが合わず途方に暮れていたようである。元警視のある管区総監は 彼の部隊が警棒のかわりMワン小銃を支給されたのを知って、本当にがっかりしたそうである。

フランク・コワルスキー『日本再軍備』サイマル出版、1984年、39頁。

そして、法的にも、軍隊が取るべきネガティブリスト(ネガ・リスト)ではなく、警察が行うポジティブリスト(ポジ・リスト)方式の、曖昧模糊な存在。

同じ物理的強制装置(暴力装置)でありながら、軍隊と警察はその本質で大きく違います。警察は、単一の法社会における行政機関です。その行動は法治主義により、法令を根拠にした行動をする自由しかありません。即ち、許可された事しか執行してはいけないというポジティブリスト(許可事項列挙)方式です。

他方、軍隊は、自国の法の外に出て行って、違う法の下にある武装集団(外国軍隊)と交戦するので、法的に束縛されない、原則自由に行動します。

但し、禁止事項は例外的に存在し列挙されます(ネガティブリスト=禁止事項列挙)。いわゆるROF(交戦規定)や戦時国際法によって禁止されている事柄であり、あとは原則自由に行動します※2

翻って、自衛隊はどうか?

およそ自衛隊の活動については、すべて「法律」の根拠を必要としています。(中略)また、その法律の解釈にあたっては、何でも制限的に解釈されることが自然とされています。それは、政府の国会答弁、統一見解を見ても一目瞭然です。つまり、「ポジ・リスト」方式により運用されているのです。

小室直樹・色摩力夫『国民のための戦争と平和の法』総合法令、1993年、140頁。

以前、国際政治学者の三浦瑠璃が自衛隊のことを「第二警察」と言っていましたが、言い得て妙だと思います。

そんな、ポジティブリストな、非軍事的な規則で、異国の熱帯雨林に送り込まれて、「本物」の軍隊と戦わされる「矛盾」。

その葛藤が、射撃トリガーを「引けない」柘植の右手に込められている気がします。

そして、この葛藤が、パトレイバー2全編を彩っていく。

将校は、プロフェショナルの理想にもっとも接近するとき、もっとも強力で効果的なものとなる。これに対して、それが理想から離れているとき最も弱く欠陥のあるものとなるのである。

ハンチントン『軍人と国家』(上)、12頁。

思想家VS.エンターテイナー

宮崎「それは、押井さんは思想家として言うから。おれはそうじゃない。おれはエンターテイナーだから(後略)」

「アニメージュ」1993年10月号、29頁。

この言葉は、良くも悪くも、この後の両者の作品の対比、路線の違い、コントラストを見事に表現している言葉です。

押井守が、エンターテインメントを度外視して作品を作ってきた例を、押井ファンは、これでもかと見てきたと思いますが、そこには、この「思想家 押井守」というひとつの「理由」があります。

宮崎「何か引っかきまわして爆発を起こして、その世界の本質をむき出しにしたいということで、話を組み立てるという部分をいまだに感じた。」

同上書、29頁。

何か「こと」を起こさなければ、日常や惰性の中に埋もれて、「本質」は捉え難い。

故に、過去にあった「こと」を検証する歴史学が飽くまで事後的なのに対し、今現在に「こと」を起こすんことが出来るのは、フィクションの醍醐味です。

(社会科学が「実験」をできない以上は、この特徴は更に際立つ)。

そして、押井守にとっての「こと」とは、「東京で戦争を」になります。

押井は「生活」と「政治」のギャップがどんどん広がっていると、指摘しますが、その為にも、戦後史をちゃんと捉えなおした方がいいといいます。

「生活」と「政治」のギャップというのは、「政治」にとって宿命的なところがあります。

思想家の埴谷雄高は、この「ギャップ」の本質を次のように言っています。

「政治の幅はつねに生活の幅より狭い、本来生活に支えられているところの政治が、にもかかわらず、屡々、生活を支配しているとひとびとから錯覚されるのは、それが黒い死をもたらす権力を持っているからに他ならない。」

埴谷雄高『幻視の中の政治』未来社、1971年、9頁。

戦後というのは、この関係に目を瞑ってきた歴史と言えます。

これに、宮崎は「戦後史だけじゃないね。」と答えるわけですが、

押井「でも、具体的にはそれなんですよ。それは自分が生きてきた現実なんです。(中略)自分が生きてき時代そのものだから、それを一回ちゃんと形にしておきたいという欲求がすごくある。」

「アニメージュ」1993年10月号、31頁。

結局、人間は何人(なんぴと)も、歴史的存在でしかありえません。自分が生きた歴史空間・歴史状況から完全に自由な存在、「神の視座」には立てない。

その歴史状況とは、「具体的」には、日本人にとっては「戦後」でしかない。

その「戦後」を、清算したい、総括したい。その押井守のライフワークの集大成として「パトレイバー2」という作品は存在していると思います。

★「戦後」と押井守に関しては、こちらの記事をご覧ください。

「機動警察パトレイバー2 the Movie」の政治哲学的考察 (全三回)

「東京」への愛憎

押井守の「東京」への拘(こだわ)りが「無理矢理」に見えて、どこかわからないと、宮崎は言います。対して、押井は・・・

押井「僕は四十何年も東京で暮らしているから。つまらない街だとか、ぶっ壊したいと思うことは簡単なんです。「AKIRA」とかああいう映画を見て一番不満 なのは、いとも簡単に東京を壊す。最初から張りボテで、コンクリートと鉄しかなくて壊しても惜しくないような町として描いておいてぶっ壊しても、全然何もならない。本当のカタルシスにもほど遠い。」

「アニメージュ」1993年10月号、31頁。

押井守のこれは、「東京」への愛憎であり、それは同時に、「戦後」への愛憎でもあります。

上述のように、戦後の清算・総括をしようとした時、その「場」として語るべきなのは、その「戦後」を一身に体現してきた「東京」という都市空間でしかない。

しかし、その街が、半世紀におよんで、我々の「故郷」に、既になっているのも事実です。

押井「東京の町も丹念に探せば、自分の記憶をほじくり返せば、ものすごくひかれる風景がある。(中略)自分の中にもいとおしい風景があるわけです。(中略)そういうものとして描いていおいて、なおかつ壊さずにいられないというものだったら納得できるけど、そうじゃない。」

「アニメージュ」1993年10月号、31頁。

この「葛藤」が、「東京で戦争を」という押井守流の「戦後の総括」の中に、陽炎のように揺らめいているのを見ずにはいられません。

★「東京」と押井守に関しては、こちらの記事をご覧ください。

→劇場版「機動警察パトレイバー the Movie」(1989年)の考察・解説~東京は美しく死ななければならない

【脚注】

※1.ハンチントンは本書の中で、「シビル・ミリタリー・リレーションズ」の問題を扱っており、日本語的には「政軍関係」となろうが、前者は「社会全体」との関係を論じており、日本で使われる「政軍関係」よりも幅広い概念と言える。

※2.詳しくは、小室直樹・色摩力夫『国民のための戦争と平和の法』総合法令、1993年、135-148頁。