自衛隊とパンデミック~どこまで頼りにできるのか?

災害が発生すると、「すわ、自衛隊!」と、いつもなるわけですが、ことパンデミック(感染爆発)に関しては、勝手が違うように思います。

「助けて!警察でも感染拡大して人員が足りない!」

パンデミックでは、当然、警察官も感染していくわけです。

それを、なんとか不急の業務(運転免許や許認可とか緊急性の薄いもの)を縮小したり、他部署からの応援で維持しますが、限界があります。

無尽蔵に人員がいるわけではありませんから。

こういう時に、集団警備力として人員をプールしてある機動隊も、部隊で固まっている場合が多いため、所轄警察署よりも感染リスクが高く、通常の災害時と違って人員を供出できないかもしれません。

また、特に専務(専任部署。刑事とか生活安全とか)が違うと、代替するノウハウがなかったりする訳ですから。

なので、最終的には緊急対応しかできなくなりますね。事件捜査とかが滞る。

更には、これも危うくなってくると、いよいよ、警察力では治安を維持できなくなってくる段になり、「自衛隊を!」という声が上がるでしょう。

自衛隊法には「治安出動」の規定があります。

ところが、陸上自衛隊を出動させても、警察の代替は実質的にできません。

自衛隊員は警察官職務執行法を準用し、警察活動の権限を与えられますが、それでそのまま司法警察活動が行えますか?

つまり、空き巣やら窃盗やらの日常茶飯事の刑事事件や、交通違反、果ては殺人事件の捜査や、夜のお店の許認可まで、幅広い警察活動の代替など、全然無理です。

自衛隊の治安出動は、暴動・騒乱やら大規模テロやらに対して、武力をもって対峙する訳で、機動隊の代替は出来ても、いわゆる街の“お巡りさん”や“刑事さん”の代役は出来ない訳です。

「自衛隊にある警務隊は?」

という疑問があるかもしれません。

警務隊は、いわゆる「憲兵」(MP)、隊内警察です。警務官は特別司法警察職員として、警察官と同様な職務に当たっています。

なので、警察官の代替が務まるように思われるかもしれませんが、あくまで、彼らは憲兵として、自衛隊内の秩序維持、要人警護、交通統制、捕虜管理など、任務があるわけで、警察の機能代替に投入できません。

第一、そんな規模の人員がいない。

また、忘れてはならないのが、こんな状況にまで追い詰められていれば、自衛隊も警察同様に当然、感染が拡大しているということ。

営内居住(駐屯地で部隊で寝食を共にする)もある自衛隊の方が、警察よりも感染者が多くなっている可能性があり、政府が慌てて治安出動を命じても、動けない可能性すらあります。

「助けて!消防でも感染拡大して人員が足りない!」

警察と同じ状況に置かれるのが消防でしょう。

官庁間協力、いや、災害派遣ですかね。

消防の場合は、自衛隊に消防を担ってもらおうとしても、そもそも装備に欠ける。

災害派遣で目にするように、建設土木資材の類は後方支援部隊(工兵)にありますし、普通科(歩兵)にも救助資材はあるでしょう。

しかし、それは、災害派遣の際の救出活動用で、日々、消防が担っている消防活動用の装備ではありません。

日々、発生する火災をどう消しますか?

自衛隊にも消防車はあります。

でも、それは、駐屯地・基地などでの火災や航空機事故(着陸失敗とか)に備えているもので、少数しかありません。福島第一原発事故では放水に出動しましたが、常備消防の代わりを担う規模のものではない。

Fukushima Daiich Nuclear Power Plant
福島第一原発で放水する陸上自衛隊の救難消防車(陸上自衛隊HPより)

自衛隊に消防活動を期待するのなら、「破壊消火」になるでしょう。

つまり、火災の火元を放水で消すのではなく、周辺の建物を破壊して延焼を阻止するという、江戸時代の火消しのような活動です。これならば、自衛隊の各部隊で可能です。

しかし、大災害時の大火ならいざしらず、通常の火災でこれを実施していくのは・・・。

また、救急に関して言えば、確かに、衛生部隊は救急車を保有していますが、こちらも規模の上で常備消防の代替にならない。

JGSDF Ambulance
陸上自衛隊衛生科の救急車(陸上自衛隊HPより)

自衛隊の「自己完結性」は“便利屋”ではない

パンデミックが他の災害と違うのは、第一に、その被害が一地域に止まらず、全国で起こってしまい、警察力・消防力が飽和状態になる恐れがあること。

第二に、全国規模で警察や消防もその人員を削られていくことです。

そして、第三に、これが、「最後の砦」である自衛隊も同様の状況に見舞われるという点が恐ろしい。

他の災害のように、被災地以外にプールされている「予備戦力」を被災地に集中しようにも、全国が被災地で、全部隊が被災者、という状況に陥っているのです。

とはいえ、それでも、自衛隊それ自身は、パンデミック下でも、それを差し引いても、大きな力として機能するでしょう。

それは、いわゆる、軍隊特有の「自己完結性」のなせる業です。

災害など、非常事態に軍隊が強い理由はこれに尽きるわけです。

軍隊は、その存続するための基盤(ライフライン等)がなくても、単独で戦い続けられるように設計されます。衣食住を他に依存しない。

敵に社会インフラを破壊され尽くした場所で、独力で戦う組織です(逆に、他国に乗り込んでいってそこの社会インフラに依存せずに戦えることも意味します)。

この自己完結性故に、重宝されます。

しかしながら、その自己完結性は、組織的に戦うことを目的としたもので、それが、一般社会のライフラインや治安・防災まで代替できるというのは、その本質を見誤っている過剰な期待だと思います。

例えば、東日本大震災の際の福島第一原発発電所事故での大混乱の中、自衛隊に様々な要求がなされました。

その中で、当時の統合幕僚監部運用部長は東電に対してこう言います。

「いやいや、私たちがやるのは他の人ができないことなんです。自衛隊にしかできないことなんです。私たちは何でも屋ではありません。(後略)」

船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』(上)文藝春秋、2013年、458頁。

更には、原発の管理自体も打診されたそうです。それに対しても、

「私たちは軍人です。原子力発電所を管理し、運営することなんかできません」

同上書、460頁。

自衛隊を指揮すべき内閣にも、その傾向が見られました。

同じく、福島第一原発対処の際の、菅首相の自衛隊への期待感です。当時の北澤防衛相によると

「自衛隊は、頼むといろいろ出てくる。ドラえもんみたいだ。総理がそんなことを言っていたよ」

菅を左翼的アクティビストとして見てきた人々からは、菅のにわか自衛隊ファンへの豹変ぶりに揶揄やあざけりの声が聞こえた。

同上書、472頁。

あくまで、社会機能そのものは、それに適した行政機構なりが担うしかないのです。

以前、陸上自衛隊には第101建設隊という部隊がありました。

この部隊は、国鉄(当時)が鉄道を運行できなくなった時に、鉄道運行(または復旧)をするための鉄道工兵です。

しかし、実際に日本有事なり国鉄のスト(というかサボタージュ)があった場合、わずか150名ほどの人員の部隊で、代替などできるでしょうか?

巨大な社会システムの破綻すべてを担えるほど、軍隊は万能ではありません。

逆に、昔、英国で、ストライキでゴミ収集が行われなくなり、イギリス陸軍が回収したという話を仄聞したことがあります。マンパワーをプールしている軍隊ならば、このような作業を一時的に担うことは出来るでしょうが、専門的かつ大規模な業務を代替することは無理があります。

昨今、まるで「スーパーマン」のように自衛隊を見る向きが多いようですが、裏を返せば、それは自衛隊を“便利屋“あるいは”何でも屋”扱いしているとも言え、軍隊の本来の役割を曇らせる恐れがあります。