「それもこれも、日米安保にあぐらをかき、沖縄を犠牲にし続けてきたツケが回ってきたのかも・・・。あの“少女暴行事件”をもっと重く見るべきだった・・・」
(日本政府高官)
さいとうたかを『ゴルゴ13』(115)リイド社、2000年、70頁。
さいとうたかを『ゴルゴ13』といえば、言う間でもない日本漫画界を代表する作品です。
フリーランスの世界的スナイパー「ゴルゴ13」が、あらゆる依頼を受け、困難なミッションを遂行していきます。
その時々の国際政治情勢が色濃く反映されているのが特徴です。
今回は、そのゴルゴ13の中でも、傑作のひとつをご紹介します。
「沖縄シンドローム」です。
あらすじ
東京の通信社に舞い込んだ一通の匿名の投書。
それは、秘かに「沖縄独立計画」が進行しているというものだった。
眉唾ものだとそれを相手にしなかった記者の麻生だが、ある自衛官の不審死をきっかけに、半信半疑ながら沖縄に飛ぶ。
そこで彼が見出したのは、琉球王家に連なる一族の末裔である伊波天臣・二等空尉が、自衛隊内の同志を募り、日本政府に対して叛乱・独立戦争を挑もうとしているという事実だった。
作戦名「オペレーション・トロイ」。
一方、日米両政府も同じ告発文書を入手し、事態の打開を図ろうとするが、既に、決起は目前に迫っていた。
果たして、琉球独立の悲願は成し遂げられるのか?日米に打つ手はあるのか?
※以下、ネタバレあり
琉球独立戦争
「五時間後にはすべての基地を掌握できる!これで王国は再び繁栄の時を迎えるのだ!」
(伊波天臣)
同上書、82頁。
本作は、自衛隊内の沖縄出身者を中心とするグループによる、叛乱計画の顛末を描いたものです。
沖縄といえば、元は琉球王国という独立国であり、それが、日本に併合され、現在に至っている訳ですが、現在は、広大な在日米軍基地を抱えている現状にあります。
在日米軍基地全体の75%が沖縄に集中し、様々な負担を強いられてる現実があります。
その状況を「憂いた」自衛官らの一大叛乱計画は次のように進行します。
全国各地の同志らが、秘かに旅行客に混じり、沖縄入り。
集結した「琉球軍」は、キャンプ・コートニー(うるま市)の第三海兵遠征軍司令部を急襲し、同司令官(在沖縄米四軍調整官を兼任)を拘束。
別動隊は、嘉手納基地及び普天間基地を占拠し、航空部隊を無力化。
武器庫から武器・弾薬を接収し、火力を増強。
更に、米軍住宅地域を封鎖、実質的に米軍家族を「人質」にし、米軍放送を通じて、米兵に投降を促す。
これで、在沖縄米軍は無力化されます。
そして、ホワイトビーチに寄港している米原潜を奪取することで、核武装すら成し遂げます。
トロイの木馬
ソ連軍は東ドイツ軍を、それほど信用しなかったとも言われますが、対して、米軍と自衛隊の関係は、極めて良好です。
(但し、その「親密度」は海自>空自>陸自となります。)
その友軍からの「奇襲」は晴天の霹靂。
まさに、作戦名通り、「トロイの木馬」なのですね。
作品発表当時、まだ中国脅威論が台頭していなかった時代であり(北朝鮮脅威論が主流)、沖縄の自衛隊は、規模・質ともに、本土に比べて低い状態でした。
陸上自衛隊の主力は「第1混成団」(1800名)。
現地部隊から伊波の決起に、どれほどが加わるかはわかりませんが、隊員は無論、本土出身者も混在しているので、部隊が丸ごと、決起に参加するとは到底、考えられません。
この場合、第1混成団が、身動きがとれない状態にしてしまえばいいのです。
日本政府が、決起軍の鎮圧を命じたとしてもできないように。
伊波に息のかかった自衛官が多数いる以上、これは簡単に成功するでしょう。
第1混成団が無力化されれば、沖縄県内で琉球軍に対抗する兵力はありません。
本作では、最後の手段として、伊波抹殺を日米両国がゴルゴ13に依頼しますが、それは、ある理由から断られるのですが・・・。
なぜ沖縄に基地が集中するのか
沖縄に米軍基地が集中している現状には、様々な側面から説明がなされています。
地政学上の要地として、対ユーラシア大陸包囲の一端として。
米国の政治学者ニコラス・スパイクマンは、潜在的な脅威であり続けるユーラシア大陸の勢力(大陸勢力)を、封じ込めるために、ユーラシア大陸の沿岸部外周地帯(リムランド)を掌握する重要性を説いています。
この包囲網は、アラスカに始まり、日本列島、沖縄、台湾を経て、インド亜大陸、中東、ヨーロッパまで続きます。
現在の国際情勢を概観すれば、それは明瞭で、中国・ロシアという大陸勢力を、米国はリムランドの諸国と同盟し、軍を派遣し、海外軍事基地のネットワークを構築し、包囲している状態にあります。
沖縄を失うとは、この「鎖」の一か所が切断されることを意味します。
(逆に中露にとっては絶好の機会)
ただ、このような軍事戦略上の説明では、あまりスポットがあたらない部分もあります。
米国の政治学者チャルマーズ・ジョンソンの次のような指摘です。
アメリカ軍はなぜいまも沖縄に駐留しているのだろうか?軍関係者にとって、その答えは明白だ。旧ソ連の軍隊が東ドイツ駐留を楽しんだのと同じ理由から、アメリカ軍も沖縄駐留を楽しんでいるのである。自国の軍事植民地における生活は、ソ連の軍人にとってもアメリカの軍人とっても、母国ではほとんど望めないほどすばらしいものなのだ。
チャルマーズ・ジョンソン『アメリカ帝国への報復』2000年、集英社、90頁。