2019年5月1日から元号が「令和」になりましたね。
そのせいか、最近、「平成時代」「令和時代」といった表現を目にします。
なんか、すごい違和感があります。
●●時代というのは、まあ、多くの場合、後世の史家がつけることになるんでしょうが、今、現在を生きている我々が、自分たちの時代を突き放して●●時代とは、なかなか呼べません。
平成も令和も、単に元号なので、それが、時代の名称にはならないでしょう。
時代の名称(時代の括り方)は、様々な観点から命名されます、そのひとつに、政治体制や社会体制から定義されという形があります。
この場合、その体制の継続期間を表している。
江戸時代は、江戸幕府の幕藩体制が由来だし、室町時代は室町幕府。
すると、江戸時代の後は、明治以降は、どうなるかというと・・・
「帝政日本」
・・・これなんか、ド直球ですね。
大日本帝国だったんだから・・・(なんか帝政フランスみたいで、凄いな)。
歴史学では、「帝国日本」とか「大日本帝国期」なんていいうのも目にしますが。
じゃあ、いま、現在。
終戦後は、どうなるかというと・・・
普通に思い浮かぶのが、「戦後」ですね。
「戦後」「戦後日本」
更に、政治体制・思想を加味すれば、「戦後民主主義期」ですかね。
「戦後民主主義」て、ひとつのイデオロギーみたいなもんですから。
しかし、「戦後」という一般名詞が、そのまま固有名詞にスライドするのに、違和感を持つ人は、これから時代を下れば、増えて来るでしょう。
ほとんどの国で、自国史を語るさいに第二次大「戦後」という形容詞が冠せられるのは、1950年代後半までのことで、それ以後は「現代」という扱いになる。日本の「長い戦後」は、日本独自であるとともにアナクロニズムでもある
キャロル・グラック「現在のなかの過去」※1
それに、第二次世界大戦(太平洋戦争)が、まさか、日本にとっての「最後」の戦争でもないでしょうから、次の戦争、その次の戦争と、歴史の歩みに伴い、その「戦後」も「戦中」も時間軸(位置)を変えるのは必然です。
そう考えた時に、後世、一体、なんと称されるんでしょうか?
※1.アンドルー・ゴードン編『歴史としての戦後日本(上)』みすず書房、2002年、195頁。