前回、韓国のインテリジェンス(スパイ)映画「工作~黒金星と呼ばれた男」の感想・雑感を解きました。
★前回記事
→映画「工作~黒金星と呼ばれた男」~ブラック・ヴィーナスが沈むとき。国際政治の闇を描いた衝撃作【感想・雑感】
本作そのものの感想は上記の記事に譲りますが、本作を観て、思ったのは、なぜ日本映画には、戦後を舞台にした、こういう優れた社会派映画が現れないのか?
特にここでは、「工作」にあるような、情報戦・安全保障上の脅威といった、ポリティカルな作品という点に絞ります。
(政局という観点からならば「小説吉田学校」などもありますが)
要するに、「日本のいちばん長い日」の後が続かないのです。
全くないわけではない
「工作」と似た作品としては、麻生幾が原作のNHKドラマ「外事警察」(後、映画化)が挙げられます。
公安の外事部門の捜査に迫っているものでしたが、史実を基にした作品ではありません。ポリティカル・フィクションです。
とはいえ、史実に基づいたものが、全くないわけではありません。
例えば、「KT」は、金大中拉致事件と自衛隊の情報機関(陸幕第二部)の関与を描いた秀作です(日韓合作ですが)。
三島事件に関しては、「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」がありました。
おなじ三島事件を題材に、三島作品の文学的色彩を挿入して描いた傑作「Mishima: A Life In Four Chapters」(ポール・シュレイダー監督、1985年)がありましたが、日本非公開です。
にしても、少ないものです。なぜなのでしょうか?
韓国映画に絞らなくても、アメリカ映画にはこの手の作品に事欠きません。
第二次大戦後でも、歴代大統領を扱った映画は、かなり制作されています(存命の人物含めて)。
例えば、「ニクソン」「ブッシュ」「LBJ」etc.
また、ケネディ暗殺事件なら、「JFK」を筆頭に、「ジャッキー~ファーストレディ 最後の使命」や「パークランド~ケネディ暗殺、真実の4日間」「ダラスの熱い日」etc.
そのほかにも、アメリカ政治に欠かせない組織や人物を取り上げた作品も多い。「グッド・シェパード」や「J・エドガー」「バイス」etc.
アメリカを揺るがした事件としても、「13デイズ」がありましたし、9.11同時多発テロは多数制作されています。
近年の事件でも、2013年のボストン・マラソン爆弾テロ事件は事件に忠実に制作されています。
★関連記事:映画「パトリオット・デイ」~対テロ戦争とアメリカ警察を知るために
映画監督で言えば、オリバー・ストーンやクリント・イーストウッドといった監督の作品群を思い浮かべれば、すぐに思いつきます。
この豊作さ加減よ。
なぜ史実は避けられるのか?
思うに、「戦後」という思潮は、平和憲法に象徴されるように、権力政治、そしてその延長にある国際政治や安全保障といったデモーニッシュな「政治の影の部分」をひたすら見ないことにしてきた時代だと言えます。
ところが、それを正視しないところで、現実にはそれは起こっている訳です。
それこそ映画化すべきような史実は、ここ30年位を眺めてもゴロゴロ転がっている訳です。
例えば「戦後最悪の年」と言われた1995年。
阪神淡路大震災は、政府の対応が大混乱に陥りましたが、この歴史映画もありません。
更に、化学兵器テロを起こし国家転覆を狙っていたオウム事件。
政府や警察の苦闘は、映画で遺されるべきではないでしょうか。
そして記憶に新しい2011年の東日本大震災。
福島第一原発事故により、文字通り国家存亡の危機に立たされたわけですが、歴史映画としては、いくつも制作されていますが、政治を扱ったものは少ない。
その中で、「太陽の蓋」は当時の状況を淡々と描いています。
個人的には、映画ではありませんが、日本テレビが報道特別番組「1000年後に残したい・・・報道映像2011」での、作中ドラマとして制作した「日本がもっとも危なかった87時間」を推します。
菅首相に大和田伸也、枝野官房に布施明、海江田経産相に石丸謙二郎などを配し、震災時の首相官邸の動向を描いています。
時効問題と邦画
こう眺めてみると、ふと思ったのが「時効」という問題かもしれません。
1945年8月15日以前以後で、ある意味、日本は「断絶」しているのですが、その「以後」、つまり、戦後はずっと現在まで地続きであり、そこでの「影の部分」を描くことに、どこか躊躇いや遠慮を感じるのです。
まだ「時効」ではない、という感覚に近いでしょうか。
映画「日本のいちばん長い日」でも新旧を比べると、最初の1967年版だと昭和天皇は後景化して、ほとんど正面に出てきませんが、2015年版だと、本木雅弘演じる昭和天皇は実質的には、阿南陸相(演:役所広司)・鈴木首相(演:山崎努)と共に作品の主人公です。
これは、ある種、昭和天皇を描くことに対しての「時効」が成立したと言えます。
(但し、その昭和天皇像が如何なものか、という議論はあるでしょう。例えば、全く遠慮の無いロシアのアクサンドル・ソクーロフ監督の映画「太陽」におけるイッセー尾形演じる昭和天皇との比較)
逆に言うと、震災時の菅内閣の面々は実名で登場する映画がある訳で、この「時効」の例外的な存在といえます(「太陽の蓋」「Fukushima 50」)。
また、山崎豊子原作の作品も、企業名や人名が改変されているとはいえ、この例外に位置するでしょう(「沈まぬ太陽」「不毛地帯」)
こんな邦画が見てみたい
「時効」を考えずに言えば、先述したオウム事件や阪神大震災、また開戦手前までいった1994年の朝鮮危機を挙げたいものです。
そして、最も推したいのは、とっくに時効であろうミグ25函館亡命事件を巡る「葬られた」防衛出動。
おそらく、戦後史における歴史映画の題材として、これほど、垂涎の秘話はないのではないでしょうか。
時は、冷戦真っただ中の1976年9月6日。
ソ連防空軍ミグ25戦闘機1機が突如、日本領空を侵犯。
航空自衛隊がその行方を見失う中、ミグ25は函館の空にその姿を現し、そのまま函館空港に強行着陸。
パイロットのヴィクトル・ベレンコ中尉は米国への亡命を希望。
国際常識で言えば、仮想敵国の軍用機が強行着陸したならば、軍隊の管理下に置くところを、北海道警察は自衛隊の介入を拒否。
そんな内輪もめを嘲笑うかのように、米国からひとつの情報が寄せられる。
曰く「ソ連軍がミグ25の奪還、あるいは破壊の為に、何らかの軍事行動をとる可能性が高い」
かくして、函館に駐屯する陸上自衛隊第28普通科連隊の長い長い9月が始まった・・・。
こう書くと、本当に映画向きですよね。
誰か、映画化してくれませんかね?
「ザ・ロンゲスト・セプテンバー」とか「函館事変」とかのタイトルで。