映画「地震列島」~「政治」のおまけ感と震災時の司令塔、そしてシン・ゴジラ【感想・雑感】

1980年(日本)、大森健次郎 監督。

「歴代総理の願いは、この部屋を使わないことだ」

(首相)本編より

あらすじ

地震学者の川津陽一(演:勝野洋)は、東京での大地震発生の可能性に言及するが、学界からは一笑に付された。

川津は、妻との関係は冷え込み、また若い部下の女性との不倫という問題を抱えていたが、首都直下型地震が迫っているという確信の基に、奔走する。

その甲斐あってか、彼は、首相(演:佐分利 信)に面会する機会を手に入れる。

抜本的・大規模な防災の必要を説く川津に、首相は政治の現実、予算の制約等を語り、決して首を縦に振らなかった。

しかし、間もなくして、東京をマグニチュード7.9の大地震が襲った。

「日本沈没」との比較

本作を観ていると、どうしても、本作の7年前に公開された映画「日本沈没」(1973年版)と比較してしまいます。

「日本沈没」中盤の見せ場が日本沈没の前兆ともいえる第二次関東大震災の阿鼻叫喚です。

この点、本作の首都直下地震のシーンも、阿鼻叫喚負けず劣らずといったところです。

両作品とも、子供の頃に見たら、トラウマになるのは間違いなし。

特に、水没する地下鉄なんか、地獄ですね。あんな溺死はご免こうむりたい。

(とはいえ、地上は炎の海だという・・・)

さてさて、トラウマ級の東京壊滅シーンですが、それ以外の点を見ると、両作品の違いが際立っています。

それは「政治パート」です。

大災害に立ち向かう政治を、どこまで描けているか?

両作品とも大きく分けて、「政治パート」「科学パート」、そして「恋愛パート」の3つで構成されているように見受けられます。

ぶっちゃけ、「恋愛パート」は、いらんやろ。と、思うのですが、まあ大人の事情なんでしょう。

で、この「恋愛パート」がやたらと長いのが「地震列島」のポイントを下げます。

「日本沈没」では丹波哲郎演じる山本首相は、その存在感が大きく、本来の主人公であろう藤岡弘を食っています。

「政治パート」が主、「恋愛パート」は従といった感じです。

ところが、「地震列島」はこれが逆転して、まあ「政治パート」はおまけ感があります。

この「恋愛パート」問題は、邦画の宿痾みたいなもんで、実に2016年の「シン・ゴジラ」の快挙まで待たなければなりません。

ともかくも、この「政治パート」のおまけ感と、「恋愛パート」の間延びした感で、本作は緊張感が続かない作品になってしまっているのが残念です。

ときに、本作では、佐藤慶が内閣官房長官役を演じていました。

佐藤は、この22年後に、映画「宣戦布告」でも官房長官を演じています。

政府高官・高級官僚には最適な俳優さんでした。

「首相官邸地下の指揮所」問題

ところで件の「政治パート」。主人公が、首相と面会するために連れてこられたのが、首相官邸地下の「指揮所」です。

首相は開口一番、

「歴代総理の願いは、この部屋を使わないことだ」

と言います。

要するに、ここは有事の際の「指揮所」なのですね。今回の場合は大震災を指していますが。

そういえば、「ゴジラ」(1984年版)では、更に立派な官邸地下指揮所が登場します。

しかし、これ、本当に存在するんでしょうか?

答えは、存在しません。

これはあったらいいな。という願望です。

視聴者も、「政府だから、当然、こういう特別な司令部のような部屋が用意されているだろう、うん」と思い込んで、気にせず見ているんでしょうが、事実は全く違います。

実際に、首相官邸に対策本部が設置されるときには、食堂(!)に設置されたりしていました。

ですから「日本沈没」の時の官邸の一室が災害対策本部になっていた方が、リアリティがあったわけです。

一応、この「地下指揮所」のようなものは、1984年に完成して稼働していました。

但し、永田町の地下ではなく、赤坂の防衛庁の地下に。「中央指揮所」がそれです。

8年前のミグ25函館空港亡命事件の反省から建造されたものですが、あくまで防衛庁の指揮所です。

両作品のように、政府の対策本部で制服の自衛官たち大挙して、閣僚らを補佐し、通信・連絡を担っている「有事のあるべき光景」と言うのは、これもやはり願望です。

(そもそも制服自衛官にとって官邸というのは、55年体制のもとでは、極めて敷居が高い存在でした)

それは、内閣官房や各省庁の役割なのが実際です。

とはいえ、このような状況も、首相官邸が2002年に新官邸になると様変わりします。

やっと出来た「官邸地下指揮所」

映画「シン・ゴジラ」で、広大な部屋にデスクが並び、正面にはいくつもスクリーンが並んだ大部屋や、総理・閣僚がU字型のテーブルに座り、モニターで事態を注視する会議室が政治の舞台になります。

これらをご記憶の方もおられるでしょう。

「またフィクション、想像の産物か」

と言われそうですが、左に非ず。

これは実在します。新官邸、つまり現在の官邸の地下には「内閣危機管理センター」と呼ばれる指揮所が設けられたのです。やっと映画に追いついた。

ちなみに作中の「シン・ゴジラ」の危機管理センターの大部屋。妙にリアリティがあります。

まさか常時稼働中の官邸地下のセンターを使えるわけではありせんが、どうもデジャヴが・・・

と思っていたら、以前見学した有明にある「東京湾臨海部基幹的広域防災拠点」の「現地災害対策本部オペレーションルーム」なんです!

ここはバックアップ施設(休眠待機施設)なので、撮影に借りられたんですね!本物を使っていたとは。

江東区有明にある「東京臨海広域防災公園(そなエリア東京)」内にあって、2階の窓越しですが、オペレーションルームを見ることが出来ます。

★「そなエリア東京」公式ホームページ

立川広域防災基地で大丈夫?

さて、大震災(その他の有事)で、官邸が駄目になったらどうするんでしょう?

上述の有明も、防衛省のある新宿区市ヶ谷も、結局東京23区内なので、同時にダウンしている可能性は高いんですよね。

心配御無用。

そんな時の為の施設もちゃんとあるんです。

それが東京都立川市の「立川広域防災基地」。

ここには政府の災害対策本部予備施設を始め、各省庁・自衛隊・都の施設が多数整備されており、万が一の際は、ここに官邸機能が移ってきます。

まあ、この辺は、くどくど書くより、映画「シン・ゴジラ」を観れば百聞は一見に如かずです。

・・・とはいえ、本当にこれで大丈夫でしょうか。

永田町から立川まで、たった30キロ程度。

こと(有事)が大きければ大きいほど、同時被災・同時機能喪失しませんかね?

本来であれば、この広域防災基地のようなバックアップ機能を、他にも整備すべきでしょう。

例えば、震災リスクの少ない、岡山や札幌。

関東地方が最悪壊滅(!)した場合でも、政府が存続できるように、遠隔地に安全な国家指揮拠点は整備されるべきでしょう。

あれから40年経ったけど・・・

「そうさ、変わっていない。いや、これからも変わらんかもしれん。阪神・淡路大震災でも、何か変わったものがあったと訊かれても、私は答えるのにまる一週間はかかるかもしれん。血の教訓は日本人には向かないのか」

麻生幾『宣戦布告』(下)講談社、2002年、415頁。

「地震列島」公開(1980年)から、40年余りが経過しましたが、未だに、件の首都直下型地震は来ません。

(阪神大震災と東日本大震災はありましたが)

半世紀も警告されている割には、抜本的な震災対策は行われていません。

もちろん、新耐震基準や木密地域の防火対策など、色々行われてきましたが、未だ。東京は極めて高いリスクに晒されています。

作中で主人公が、首相に防災の為の無理難題を言いますが、逆に、半世紀もあったんだから、出来たんじゃないか?とも思ってしまいます。

数年ではなく、数十年、半世紀を睨んだ国家戦略というのが非常に苦手な国であることは確かなので、「いつか来る震度7」までの、その貴重な時間を生かせなかったのは、非常に残念でなりません。

「天災は忘れた頃にやってくる」

寺田寅彦

↑アニメ「東京マグニチュード8.0」