昨今、「哲学カフェ」や「哲学対話」「哲学プラクティス」と称される市井の「哲学」の場が静かなブームになっているようです。
身近な疑問から社会問題など、あらゆるテーマを、老若男女問わず、社会的地位を抜きにして、対等に語り合う場。というのが大体の共通コンセプトのようです。
そんな中、ふと感じたのが、この、「あらゆる」という箇所に、とかく「政治」が入っている割合が少ないと感じました。
「政治」を切実に感じざるを得ない国内外の情勢にも関わらず、哲学対話・哲学カフェで、それは、あまり取り上げられないのは、なぜなのか?むしろ意識的に回避される傾向にすらある。
別の言い方をすれば、なぜこんなにも「政治」に対して超然としていられるのか?
この疑問を考え、併せて、哲学対話・哲学カフェという「哲学」の場と「政治」との関係を考えられれば幸いです。
日本の「反政治」「非政治」
日本で生活する上のマナーで「政治の話をしてはいけない」というものがあります。
なぜ、「政治」の話をしてはいけないのでしょうか?
では、そもそも「政治」とは何なのでしょうか?
「政治」というものを研究しているのは「政治学」という学問です。それならば政治学の言葉に耳を傾けてみましょう。
米国の政治学者ディヴィッド・イーストンは、「社会的諸価値の権威的配分」を「政治」の定義として提唱しました。
なるほど、社会に存在する様々な価値(富も名誉も、定形・不定形も)を、権威(第三者的な立場)を持って配分(分配・調整)する、というのは、現実の政府の作用を見ても納得のいくものがあります。
ではこれが「政治」の定義なのか?と言われると、そうは簡単には行きません。
ちょっと考えるとわかるように、これって安定した政治社会を前提にしていませんかね。
そうではなくて、その配分できるような状態の前段階の対立・紛争に「政治」の「本質(定義)」を見出そうとする立場もあります。カール・シュミットやグンプロヴィッツなどの思想家です。
他方、もっと権力の統制作用にそれを見るキャトリンやマルクスの見方もあります。
つまりこれは、要するに、「定義」など、未だ見出されていないという事です。
驚くなかれ、政治学は、その生誕から2500年の最古の学問と言われつつ、未だその肝心の「政治」の定義を確定させていないのです。
そんな不確かな、曖昧模糊とした「政治」ですが、現実には「政治」「政治的」「政治的なるもの」といった「言葉」は使われており、その「輪郭」のようなものは、ある訳ですね。
それを探っていくと、どうやらそれは「支配―服従」に関することだと見えてきます。
どの様な形であれ、何かしらの「支配―服従」関係に関して、我々は「政治」の語を当てているようです。
「支配―服従」なんて聞くと、ますます嫌煙したくなるのが人情ですね。
「政治」が忌避される所以のひとつは、この辺りにありそうです。
いわば「生臭い」とも言えるかもしれません。様々な美辞麗句を聞かされても(選挙や国会答弁を思い出してみて下さい)、その内実は、「支配」をし、「服従」を強いるように企図しているに過ぎない、と。
これを、誰しもが直感的に見抜いているのかもしれない。その胡散臭さに辟易しているとも言えます。
その「政治」の場というのは、一般人にとっては、遠いところの出来事と言えるでしょう。それよりも日々の「生活」に我々は四苦八苦している訳で、そんな、遠い出来事、自分たちが直接、意思決定ができないであろう「生臭い」ことなど、捨て置きたい。
こんな世の空気感が、マナーとしての非「政治」、反「政治」を醸成しているとも言えるでしょう。
ところが、それで話が一件落着しないところが、「政治」の難しさです。
「政治」を「生臭い」と評しましたが、それは、「血生臭い」という事にも通じます。
本来、個々人にとっての重大事は一にも生活、二にも生活のはずです。
ところが、「政治」はこれを一瞬で、躊躇なく、いとも簡単に「粉砕」する力を持ってしまっているのです。
「政治の幅はつねに生活の幅より狭い、本来生活に支えられているところの政治が、にもかかわらず、屡々、生活を支配しているとひとびとから錯覚されるのは、それが黒い死をもたらす権力を持っているからに他ならない。」
埴谷雄高『幻視の中の政治』未来社、1971年、9頁。
この埴谷の言葉の通り、「政治」には「死」というものが付き物です。
言う間でもなく、政治権力は暴力装置によって、最終的には「死」を与えられるという究極的な手段を有していることを指しています。
特に、日本は、この事実を1945年以前に、嫌というほど、味わったので、戦後、いわゆる「戦後民主主義」という思想をもって、この悪鬼を封じようとしました。
それが、戦前からの反動から、揺り戻しとして「非政治」「反政治」という思潮を生んだようにも見受けられます。
「政治的なるもの」と「社会的なるもの」
しかし、この戦後日本における「非政治」「反政治」という思潮には大きな問題があります。
それは、「政治」を極めて特殊な領域、言ってしまえば、「政府」や「選挙」などの限定された部分的関わりに極限させるということです。
「政治」に関しては、一部の特定の専門家が担ってさえいればよい。という考えです。
それに対して台頭してきたのが、「社会」です。「社会」という概念は、18世紀から19世紀に登場した比較的新しい概念です。
これは、政治権力の支配(銃剣の威圧)を受けなくても、世の中は市民の社交・相互依存・調和で、自律的にやっていけるという事を意味します。福沢諭吉は、societyを「人間交際」と訳しましたが、まさにその字義通りです。
ちょうど、アダム・スミスの「神の見えざる手」、「自由市場」のイメージです。
そこでは「政治」も「国家」も「社会」の一部。あるいは対等な概念になり、「政治」が至上の存在ではなくなりました。
この「社会的なるもの」が流通し始めると、何でもかんでも「社会」の範疇で捉えようとする事態が発生します。
また、学問としての「政治学」も、「社会科学」の一分野、法律学や経済学と肩を並べる地位に「降格」させられました。
しかしながら、問題は、はたして「政治」とは本当に、社会の中の他の領域と区別される一定の領域なのだろうかという点にある。(中略)政治学は、自らの学の対象を社会の一領域としての「政治」に限定することで、何かを失ってしまうのではなかろうか。
宇野重規『政治哲学へ』東京大学出版会、2004年、59頁。
特に戦後日本においては、「政治」というものが「行政」という形で更に限定的、かつ穏当に(毒抜きして)捉えられる傾向が強くあります。
ところが、現実には、安定した社会、豊かな社会なら、見え難いとはいえ、前節で見たような、「黒い死」を手にした「政治」が消えてなくなったわけでもなく、その死神はしっかりと、特権的に存在している訳です。存在しているのに、あたかも存在しないように人々が振舞うという状況が起こります。
そうなると、本来、「政治」(政治学)の範疇として捉えられ、問題化されるべき問題が、「政治」以外のアプローチ(社会学、経済学など)で問題化され、見当違いの解決策を招いてしまうことがあります。
これはそのまま哲学カフェにも反映されています。
哲学カフェでのテーマ設定・論題の選択において、本来、政治的にしか解決できない、あるいは、「政治的なるもの」であるはずの問題が、日本の「反政治」「非政治」の思潮によって、「社会的なるもの」(あるいは更に「私的領域」として認識されて)として取り扱われていてしまっているという問題です。
この構造を「政治的なるもの」と「一般的なるもの」と言い換えてもいいでしょう。
政治的なるものと一般的なるものとの乖離は、繰り返し、現代の思想家たちを不毛の脇道に導いてしまっている。これによって私が指摘したいのは、彼らが、政治問題を本質的に非政治的枠組みであるもののうちに試みているということである。そしてその結果は行き止まりの繰り返しであった。
シェルドン・ウォーリン『西欧政治思想史』福村出版、1994年、497-498頁。
あるいは、公的領域で考えるべきところを、私的領域で考えてしまっている。
言い換えると、政治社会ないしは政治権力に由来するところの問題を、極めて属人的・個人的な問題に矮小化・極小化してお茶を濁す。
巷の哲学カフェ・哲学対話で取り上げられているテーマ、たまたま見かけたものでも、人権、平等、公教育、ジェンダー、優生学、安楽死、死刑、天皇制、太平洋戦争・・・etc.
このようなテーマを目にしましたが、これらのテーマについて「政治」という視座から考察・対話されたものが、どれだけあったでしょうか?
もちろん、他の領域(歴史学や社会学、経済学等)や、属人的な(個人の経験・情念)から捉えて探求していくことも可能ですし、決して誤っている訳ではないのですが、それでも尚、このようなテーマ群は、優れて「政治的」な問題であり、「政治」を無視していては、それこそ「そしてその結果は行き止まりの繰り返し」(ウォーリン)に陥るのではないでしょうか。
【後編】に続く