戦後史の闇を描いた未完の傑作『オクタゴニアン』~昭和天皇と愉快?な仲間たち

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「時の権力に担がれなければ、天皇家に何の価値があると云うのです。」

「価値がなければ滅びればいい。決めるのは歴史だ。」

大塚英志/杉浦守『オクタゴニアン』(1)角川書店、2005年、184頁。

前回、「もうひとつの戦後史」としての日本分断小説を紹介しましたが、今度は、実際の戦後史、その混乱期(昭和20年代)の「闇」を描いた傑作をご紹介します。

このコミックの主人公のひとりは、昭和天皇。

そんなタブーを平気で持ち出せる人物と言えば・・・

そう、皆さんご存じ、大塚英志。

大塚英志・原作、杉浦守・画のコミック『オクタゴニアン』。わずか1巻刊行で、未完となっています。

オクタゴニアンは走るよ、どこまでも

「オクタゴニアン」とは、占領軍専用列車、その中で特に米第八軍司令官専用列車の愛称です(第八軍なので(オク)角形(タゴニアン))。

占領期、鉄道行政においても占領軍は絶対的存在であり、かつ、鉄道網そのものが占領軍にとって不可欠でした。

当時の道路事情は甚だ貧弱だったので、大量の自動車を持ち込んだ進駐軍でさえ、部隊の移動には専用の白帯列車(一等車)を走らせたほど、鉄道は米軍にとっても重要な任務を背負っていた。

日本占領を担当した米国陸軍の第八軍に置かれた第三鉄道司令部が、国鉄に対して軍事輸送の権限をもっていたのである。

伊藤東作『本当にあった陸自鉄道部隊』光人社、2008年、25-27頁。

本作の主人公は、菊人(きくと)とMの「何でも屋」コンビ。

菊人はいつもサングラスに帽子をして、顔を隠している。それは、その顔が、昭和天皇ヒロヒトその人と瓜二つであり、実際、昭和天皇の影武者として生きてきた過去を持つ。

Mは、常に頭巾を被っている自称「顔屋」。顔貌を自在に変形させ、誰にでも変装できる特殊能力者。過去、特高警察のスパイとして共産党を壊滅させた。

こんな二人に舞い込む怪しい依頼や怪事件を描いた1話完結型の作品です。

全てアメリカの仕業

松本清張ばりに戦後混乱期の不可解な事件や騒動が作中に取り上げられ、主人公二人が深く関わっていきます。

極東国際軍事裁判(東京裁判)、クロスロード作戦、731部隊、帝銀事件、熊沢天皇、下山事件・・・

それらを彩る登場人物も準主役の昭和天皇をはじめ、東条英機、徳田球一、柳田國男・・・etc.

また、大塚作品ということで、民俗学も背景にしており、「山の民」や「持衰(じさい)」も登場します。

戦後混乱期の闇に葬られた数々の事件が、米軍専用列車オクタゴニアン号を主軸に展開されて行きます。

その「真相」は、突飛で奇想天外なものありますが、昭和20年代の「闇」をよく投影していると思います。

事件の影に、米軍あり。

この、「全てアメリカの仕業」という設定は、換言すると、「敗戦」ということが、戦後日本の本質である。ということでしょう。

全面戦争での「敗戦」の重さ

戦後日本の本質としての「敗戦」とは、一種の解けない「呪い」です。

総力戦・全面戦争は、国家の全て、ハードパワー(軍事力、経済力)のみならず、あらゆるソフトパワーをも根こそぎ動員して戦う、文字通りの総力(・・)戦です。

そしてそれに敗北することは、その国家が全ての面において「敗北」したことを意味します。

その意味で、逆に勝者(米国)は、全面的に勝利した絶対的存在者として君臨することが出来ます。

実際に連合軍最高司令官は、超憲法的な上級権を持っていて、日本の政府機関の行動を、直接指揮監督し、それを無効にしたり新たな行動を命じたりすることができた。主権とは、いったんある決定が行われると、もはやそれをほかの権威が否定したり覆したりすることがないという意味ですから、日本国はこの期間、主権を失っていたことが明らかです。大日本帝国憲法のもとで天皇が主権者であると定められ、日本国憲法のもとで国民が主権者であると定められていることにかかわりなく、それは連合軍最高司令官に従属(subject to)していたのです。

橋爪大三郎『国家緊急権』NHKブックス、2014年、56-57頁。

これが日米関係の本質、「敗戦」の呪いとして、現在に至るまで続いていきます。

例え、国際法上は1952年以降に主権国家・独立国となっても、それは変わりません。

実質的な政治力学・権力構造の話ですから。

米国抜きに日本は存続できなくなってしまった。

まさに、映画「シン・ゴジラ」での台詞「戦後は続くよ、どこまでも」

本作は、そんな「呪い」の、はじまりの物語です。