数多ある刑事ドラマ。その中でも、傑作と太鼓判が押せるのが今回ご紹介するTBSで放送された「横山秀夫サスペンス:第三の時効シリーズ」です。
シリーズではありますが、毎週放送のシリーズドラマではなく、「月曜ミステリー劇場」内で、2002年から2005年の間に2時間ドラマとして6回(話)放送されました。
舞台・登場人物は同じですが、各話は単独の事件を扱っていて、2時間完結モノです。
原作は、警察小説を書かせたらこの人、横山秀夫。
短編集『第三の時効』所収の6話をドラマ化しています。
※以下、概要記載あり(事件の真相はネタバレなし)
F県警強行犯シリーズ
舞台は、F県警の捜査一課とされていますが、ドラマは山梨県警刑事部捜査一課のようです(お決まりの警視庁捜査一課じゃないところがいい)。
捜査一課を束ねるのが、一課長の田畑(演:橋爪功)。
そしてその下に強行犯捜査係が1~3班(1個班が7~8名の捜査員で構成)編成されています。
その検挙率の高さから、全国の刑事警察から一目置かれる「最強の軍団」。
ところが、各班の班長は優秀だが強烈な個性とプライドを持つ男たちに率いられ、互いをライバル視し、検挙実績を競っています。
・一班
班長の朽木警部(演:渡辺 謙)は、過去、市民を巻き込んだ事故から生涯「笑わない」ことを誓った男。
・二班
班長の楠見警部(演:段田 安則)は、公安から刑事へ移った異色の経歴の持ち主。頭脳明晰だが、一切の私情を挟まずに犯人を追い詰め、また手段を選ばない「冷血」。
・三班
班長の村瀬警部(演:伊武 雅刀)は、生まれながらの刑事とも言うべき「勘」に優れた職人気質。
ドラマは難事件を解明していくという流れに、各班同士の熾烈な争いを絡め、それに苦心する田畑の姿を描きます。
各話紹介と見どころ
「沈黙のアリバイ」
三人が犠牲になった現金輸送車強盗殺人事件。
主犯格の男が逃亡する中、共犯の湯本(北村一輝)の初公判が開かれた。
朽木警部率いる一班によって、既に「完落ち」していた湯本。
ところが、湯本は、初公判の罪状認否で、「無罪」を主張する!
一体、どうして。完璧だったはずの捜査はどこで間違えたのか?
上層部とマスコミの批難を浴びる中、朽木が辿り着いた真実とは?
【見どころ】
本シリーズ唯一の「青鬼」こと朽木警部(演:渡辺謙)が主役の作品です。
本作では、権力を持った人間(刑事)といえども、所詮は人間であり、命がけの容疑者との、男対男の闘いが、全てを決することが描かれます。
人間の「格」で勝負する。もし、それが相手に及ばなかったら・・・。
ちなみに、渡辺謙が演じる朽木は、この第1作のみの登場で、他の作品では捜査で渡米していたり、名前だけの存在になってしまっています。
これは本当に残念で、他の班長とのしのぎを削る「戦い」を見てみたかったものです。
「第三の時効」
タクシー運転手の夫が殺され、妻が強姦された事件から15年。
時効成立を目前に、一班の森(演:緒形直人)は、被害者身辺を監視する二班の応援にまわされる。
被害者(演:余貴美子)に、時効成立後、犯人の武内(演:寺島進)が接触する可能性があるためだ。武内は海外渡航していたため、実際の時効は、表向きの時効の1週間後。
この「齟齬」を利用して検挙するのが県警の目論見だった。
ところが、森に対して、二班班長の楠見は全く関係ないある人物の「行動確認」を命じる。
全ての点と線が結ばれるとき、「第三の時効」がその正体を現す。
【見どころ】
「冷血」こと楠見警部の初登場・主演作です。
ラストでの衝撃的な展開。この男の頭脳と策略には舌を巻きます。
楠見に関しては、好き嫌いは分かれるでしょう。
「密室の抜け穴」
山林で発見された白骨死体の捜査に出向いた二班。ところが、班長の村瀬は、持病の悪化で倒れてしまう。班長代理となった東出(演:石橋凌)だったが、同じ班で、彼にライバル意識を燃やす石上(隆大介)の存在などで、捜査指揮は難航する。
しかし、やっと暴力団員の男を容疑者に絞り、東出は、潜伏先のマンションを監視下に置き、そして、身柄確保を強行する。
ところが、そこに容疑者の姿は無かった・・・。
監視は完璧であり、マンションは密室だった。一体、男はどこに消えたのか・・・。
【見どころ】
「密室殺人」ならぬ「密室容疑者消失」事件。
中盤以降、会議室での「査問会」が舞台になります。
男たちのプライド、嫉妬、執念が詰まった作品です。
「ペルソナの微笑」
13年前に起きた青酸カリ殺人事件。何者かが、当時8歳だった少年・阿部勇樹に青酸カリを渡し、結果として自分の父親を殺させてしまった間接殺人事件。
そして、今、静岡県内で起きた青酸カリ殺人事件の犯人の容貌が、13年前の事件の犯人の特徴と一致したことから、山梨県警はにわかに活気づく。
二班班長の楠見は、新人刑事の矢代(演:金子賢)に、21歳となった阿部青年に会ってくるように命じる。
矢代はその命令に複雑な気分を隠せなかった。彼には、ある過去の「秘密」があったのだ。
そして、楠見の真の狙いとは。
【見どころ】
楠見警部の二班が主役の2作目です。
まあ、あの「冷血」の楠見が笑う、笑う。でも、その笑いの意味するところは・・・。
二班刑事の矢代がもう一人の主人公ですが、こちらも笑う笑う。でも、その笑いの意味するところは・・・。
それが分かった時、本作のタイトルに思いを馳せるでしょ。
また、楠見の内面を覗かせる作品でもあります。
「囚人のジレンマ」
立て続けに発生した2つの殺人事件。
2個班が出払う中、更に3つ目の事件が起こり、二班も出動する。
いずれも捜査が難航する中、田畑には、上司である尾関刑事部長(演:寺田農)からのプレッシャー。番記者たちからの取材攻勢。そして、各班長の独断行動・・・。
一課長という微妙なポジションの中で、田畑は、この難局を乗り越えられるか?
【見どころ】
全班が登場する神回です。
橋爪演じる田畑が主人公といえます。田畑を取り巻くあらゆる関係性が次々に展開し、飽きさせません。彼と上司、彼と記者、彼と部下、そして彼と先輩。
すまじきものは宮仕え。
「モノクロームの反転」
過疎の村で、幼い子供を含む一家三人が惨殺されるという事件が発生した。
事態を重く見た田畑は、異例の2個班投入を決定。
2班と3班が捜査に当たるが、捜査協力はおろか、お互いを敵視し、先手を打とうと奔走する。
所轄署長から抗議が来る始末の中、果たして、田畑の目論見は成功するのか?
【見どころ】
二班VS.三班、全面対決の回です。
どちらが、事件を解決するか?
プライドを賭けた戦いが展開されます。
それでいて、終盤の、「刑事のことは刑事にしか理解できない」的な、刑事魂の通底部のやりとりが・・・。
その男、楠見正俊
本作は、演技派のベテラン俳優で固めた、重厚な演技が見ものですが、特に個人的に推したいのが、段田安則が演じる「冷血」こと第二班班長の楠見正俊(警部)です。
まるでオーベルシュタインです。
彼が他の刑事たちと違うのは、刑事畑の人間ではないことです。
世間一般の人口に膾炙している「刑事」という呼称は、いわゆる私服の捜査員全般を指しているのですが、実は、警察内部での厳密な使い方は違います。
警察には「専務」というものがあります(会社の役職じゃないよ)。
「専務」は4つあり、それぞれ「刑事」「警備」「交通」「生活安全」です。
警察内部の「刑事」とはこの専門分野・所属警察官のことをいいます。
普通、警察学校を出ると、交番勤務(地域警察)になり、そこから、スカウトなり、チャレンジなりして、一定数がこの「専務」に配置され、専門技能を磨いて、各事件の専門捜査に携わる訳です。
その専務内で、警察官人生を歩んでいきます。
なんでこんな前置きをしているかというと、本作の舞台は「刑事」な訳です。
ところが、楠見は、「元公安」という設定です。
この「公安」というのは、専務でいうと、「警備」なんですね。
楠見の異様さは、「警備」から「刑事」に移ってきた事情にあります。
パトレイバーの後藤隊長の裏設定と被っています。
他の刑事たちは、「刑事」畑を文字通り歩んできた中で、ただ一人、「警備」から移って来ざるを得なかった彼の抱えているもの。
その十字架が、彼の執拗なまでの、非情なまでの犯人検挙の執念を支えていとも言えるでしょう。
【参考文献】
古野まほろ『警察官の出世と人生』光文社、2020年。