横山秀夫原作の警察ドラマのご紹介。刑事ドラマではないのがポイント。
2000年から2004年にかけて、単発2時間ドラマとして7話が放送されました。
主演は上川隆也。横山秀夫作品の常連ですね、他に横山原作の「ルパンの消息」「震度0」でも主演を務めます。
原作では、舞台は「D県警」となっていますが、ドラマでは神奈川県警になっています。
「警務」とは何ぞや
「警務」という聞きなれない言葉をご存じでしょうか?
警察内の一部門ですが、警察ドラマで登場することは極めて稀です。
「刑事」や「警備(公安)」がメインで、まあ、「生活安全」と「交通」も影が薄いですよね。
ましてや「警務」。
一体何する所ぞ。
「警務」とは、警察における裏方のお仕事。人事、教養、福利厚生、予算、監察、広報etc.
要するに、一般企業の人事部やら総務部やらのイメージです。
(大規模警察本部では警務と総務が分かれることもあるので「総警務」とも言います)
そんな地味な部署の人間を主人公にした異色の警察サスペンスが本作です。
地味ではありますが、業務は組織の屋台骨を支えるものであり、予算も人事も扱えば、自然、その権限・発言力は大きくなるのは、民間も公も同じです。
(ちなみに、同じ「警務」という単語でも、自衛隊では「MP(ミリタリー・ポリス)」、つまり隊内警察(憲兵)のことを指します。)
敵は警察内部にあり
主人公の二渡警視(演:上川隆也)は、神奈川県警察本部警務部警務課調査官。
人事を中心に取り扱いますが、それ以外にも様々な「雑事」をこなすことになります。
時に、警察組織にとって致命的になりかねない「事象」も起こります。
二渡は、それを黙々と禁欲的にこなしていきます。
その行動原理は「組織防衛」。
お役所が「組織防衛」だなんて言うと、なんか保身や体面、秘密主義のようなネガティブな感じがしますが、これは、要するに、「組織を腐らせない」ことです。
警察は日本国内において、絶大な影響力を行使でき、優れた政治力、かつ殆ど唯一の実力行使が可能な組織です。
(対照的に、自衛隊は憲法と世論と日米安保の三重苦で雁字搦めです)
そんな警察が「腐る」ことは直ちに国家の根幹を揺るがしかねない。
アメリカ映画などで、「警察の腐敗」が描かれることもありますが、米国はどこまで自治体警察です。
ところが、日本は事実上、国家警察なので、その腐敗が及ぼす影響は同日の談ではない。
そもそも実力組織(政治学的には暴力装置)が、腐敗しているなんて悪夢ですよね(南米を見よ)。
そんな「組織防衛」に奮闘(苦闘)する姿が描かれます。
キャリア対ノンキャリア
二渡の上司は警務課長ですが、実際の指令はそのまた上司の警務部長の大黒警視長(演:高田純次)から受けています。
まあ、この高田純次の演技が、いやらしいこと、いやらしこと(誉めています)。
二渡に次々と難題を吹っかけてきます。
この警務部長という職は県警のナンバー2にあたります。
二渡は地元組(地元採用のノンキャリア)のエース、将来の幹部候補です。
対して、警務部長と警察本部長は警察庁のキャリア官僚です。警察本部のナンバー1、2のポストは東京指定(つまり警察庁のキャリア官僚の指定席)が多いようです。
二渡が出世し続けても、おそらくそのゴールは県警総務部長でしょう。
90年代にヒットしたドラマ「踊る大捜査線」では、キャリア対ノンキャリアがひとつの物語の見せ場になっていましたが、少々、戯画化し過ぎの感も。
「陰の季節」での大黒と二渡の関係こそ、リアルな「キャリア対ノンキャリア」といえるかもしれません。
おすすめ作品
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第3話「密告」
人事の季節。様々な思惑が蠢く季節。
警務課に一通の匿名の密告書が届く。それは、警視昇任候補の浜浦署生活安全課長の曾根警部(演:不破万作)がスナックのママと不倫しているというものだった。
何者かの罠を疑う二渡は、元公安で、機動隊時代の部下だった柳(演:金山一彦)に内偵を依頼する。
しかし、柳との音信が途絶し、二渡の想像を超えて、事態は混沌としてくるのだった。
【見どころ】
警察の人事を巡る泥沼を描いた作品です。
人事の季節となれば、密告、怪文書の類には事欠きませんね。
最後のオチも、さもありなん。といった印象を受けます。
ところで、二渡が、かつて機動隊の小隊長だったということは、二渡の出身「専務」※1は、「警備」なんでしょうか?
第5話「事故」
次の県議会で鵜飼議員(演:長門裕之)が、警察に関する「爆弾」質問をすることが判明。
県警上層部に激震が走る。
県警本部長と大黒警務部長は、二渡に3日後の議会当日までに、その内容を突き止めることを指示する。
質問内容が「事故」(警察官の不祥事)と睨んだ二渡だったが、事態は意外な方向に急転する。
【見どころ】
警察の議会対策がテーマの作品です。こんなの見たことない!
忘れがちですが、警察というものは官僚機構なんですよね。
二渡を潰そうとする本部長秘書官なども出てきて、事態は混沌とします。
まさに「役所の戦い」です。
そして、その爆弾質問の内容に驚きを隠せません。
※1.警察の中の専門分野。「刑事」「警備」「交通」「生活安全」の4つがある。
【参考文献】
古野まほろ『警察手帳』新潮社、2017年。