大樹 連司『GODZILLA 怪獣黙示録』&『GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ』~過去作にない「新たな恐怖」

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―これは、人類の滅びがはじまった時代についての記憶であり、そしてまた、未だ真の絶望を知らない、幸福な時代の記憶である。

大樹 連司『GODZILLA 怪獣黙示録』角川書店、2017年、20頁。

アニメーション作品「GODZILLA」(通称:アニゴジ)三部作の前日譚の小説のご紹介です。

第1作が『GODZILLA 怪獣黙示録』で、その続編が『GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ』です。

映画のノベライズ化は、概して評価が低かったり、見向きもされなかったり、映画のヒットのおこぼれみたいな感じで、すぐに「忘れられる」作品群が多々あります。

ところが、本作は、それらと全く違います。

傑作です。

本作は「その時代」に生きた様々な人々のインタビュー集として構成されています。

いわゆる「オーラルヒストリー」です。

一般市民から前線の将兵、政治家まで。

歴史好きにはスタッズ・ターケルの第二次大戦の証言集『よい戦争』。

近年のSFファンにはマックス・ブルックスの小説『WORLD WAR Z(ワールド・ウォー・Z)』(決して映画版の方ではなく)を想起してもらえれば、本書の体裁を掴めると思います。実際、最初に読んだ印象は、後者の作品にかなり影響を受けているな、というものでした。

※以下、ややネタバレあり

偽史としての21世紀、黙示録としての21世紀

物語は、20世紀終盤、1999年5月のニューヨークに始まります。

ここに「最初の怪獣」カマキラスが、突如出現します。人類と「怪獣」のファーストコンタクト。最悪の形での・・・。

250万もの犠牲者を出した後、B2戦略爆撃機のバンカーバスターによって駆除されますが、このニューヨークの壊滅は、世界経済に大打撃も与えます。 

この展開、読んでいますと、どうしても9.11同時多発テロ事件とリーマンショックを想起させます。

実際、カマキラスは、その鎌で世界貿易センタビルーを真っ二つに裂きます。

本作は、怪獣出現による21世紀偽史ですが、正史(史実)を想起させる事象も巧みに混ぜられていますし、更には、過去の怪獣映画(特撮映画)などのオマージュもふんだんに織り込まれており、何とも豪華な作り込みがなされています。

正直、その全部のオマージュを追えるほどの力量がございません・・・。

カマキラスの後も、特撮ファンにはお馴染みの怪獣たちが次々に世界各地に出現し、跳梁跋扈。人類と死闘を繰り広げます。

毒は毒を持って制す

各国は、持てる現有兵力の全てを賭けて(そして途中から国家総動員で)、怪獣と戦う訳ですが、「怪獣に怪獣をぶつける」、相討ちにさせる戦略も当然考慮されたわけで、その様なエピソードもいくつか盛り込まれています。

特に、『怪獣黙示録』の「ヘドラ」。

中国で発見された、あらゆる汚染物質(水銀、コバルト、カドミウムetc.)ろ喰らう微生物の集合体「ヘドラ」。それを発見したある若き青年官僚の顛末。

環境汚染を「ゼロ」にしてしまう存在に、中国政府は狂喜しますが、これを生物兵器として、北京に接近する2体の怪獣に、「使用」する決断をしたことが、大きな悲劇を生みます。

また『プロジェクト・メカゴジラ』で登場する「ガイガン」。ガイガンは「ある技術」で、人間側の生物兵器として、「ヤツ」に何度もぶつけられます。

その光景を、ガイガンの「戦友」たる兵士が語ります。その想いは・・・。

これらのエピソードには、人間の「業」というものが色濃く描かれています。

黙示録の怪物

『怪獣黙示録』中盤までは、怪獣は脅威であっても、対抗できない存在ではありません。

多大な犠牲を出しますが、通常兵力で駆逐できる巨大な「害獣」です。

ところが、西暦2030年。事態は一変します。そう、「ヤツ」が現れたのです。

神(God)の名を冠する存在、「ゴジラ」です。

ゴジラは全く通常兵器の通じない、圧倒的な存在として描かれます。その出現は、人類の存続そのものを揺るがすことになります。

歴代の東宝ゴジラ映画のゴジラでも、こういう描き方はされたことはないのではないかな?と感じます。

人々は、自らの信仰する宗教の終末のイメージを、ゴジラにはっきり見て取ります。

最初に絶望するのは、世界最強最大の軍事力を誇るアメリカ合衆国です。

ゴジラ初の出現地である西海岸、ロスアンゼルスとサンフランシスコは灰塵に帰し、米海軍は空母3隻を沈められる。

ゴジラへの米軍による決戦・総攻撃となる「コロラドスプリングス総力戦」は、第二次大戦のクルスク大戦車戦に匹敵する一大兵力を集中しますが、一夜で壊滅。

ホワイトハウスは、核使用を決断し、インディアナポリスにいるゴジラに熱核弾頭を集中使用します(40メガトン!)。

ところが、なおゴジラは爆心地で咆哮します。

ホワイトハウスでは、政府高官らが驚愕する中、大統領が叫びます。

「あれは黙示録の獣だ」と。

そして、拳銃を口にくわえてズドン!

ここで思ったのが、アメリカにとっての「大統領」という存在の重さ。

本作が意識していたであろう小説『WORLD WAR Z(ワールド・ウォー・Z)』では、倒れて執務不能になった大統領に代わって昇格した副大統領は、優れた指導力を発揮し、崩壊寸前の合衆国を持ちこたえさせ、反撃に転じさせます。

こちらの作品も、ロッキー山脈以東は失われ、米政府はハワイに退避している有様です。

その新大統領の下で副大統領を務めた老人はこう回想します。

「人間の弱さ、汚さを山ほど見たよ。試練に立ち向かうべきなのに、どうしてもできない人々やそうしようともしない人々。貪欲、恐怖、愚鈍、憎悪。戦争前にもあったし、いまだってある。わたしのボスは偉大な男だった。彼が大統領でとんでもなくラッキーだった。」

マックス・ブルックス『WORLD WAR Z』文藝春秋、2010年、234頁。

政治学には「ミランダ」という概念がありますが、これは支配の服従を調達する為、被治者の理性ではなく情念・感傷に訴えるもの(国旗、儀式など)です。

大統領に求められる「強い」指導者像は、君主のいない米国にとって、国家を統合する精神的紐帯・ミランダなのでしょう。

両作品の大統領は対照的であり、米国の運命の分かれ道です。

一方は、恐怖に怯え、自殺した時、アメリカ合衆国は崩壊・分裂し、内乱状態になります。精神的な支柱を欠いたのです。

他方、ゾンビとの戦い優れた指導力で戦った大統領は、わずかに残った国力をまとめ上げ米本土を奪還します(但し、個人的には不幸な最期であることが暗示されますが・・・)。

地球圏の庭師

そんな「黙示録の怪物」たるゴジラは、なぜ、出現し、破壊の限りを尽くすのか?

フランス兵へのインタビューに、こんなセリフがあります。

「ゴジラが何を考えているかはわからない。だが、確かに、何かを考えている。あいつは獣じゃなく、間違いなく知性があり、何かの哲学を持っている。

きっとその哲学がゴジラに命じているんだな。

とにかくこの地球上から人類という種と文明とをさっぱり掃除しろって。理由はわからない。(中略)そうして俺たち人間はゴジラによって綺麗に掃除されかかっていた。何らかの「そうすべき理由」によって実に淡々と。」

大樹 連司『GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ』角川書店、2018年、27頁。

神罰とも言えましょうが、「庭師」といったイメージの方がいいかもしれません。作中でも、「環境破棄による生物淘汰現象の発現」という仮説が取られているようですが、ちょうど、ジェームズ・ラブロックの「ガイア仮説」の自己調節システムを想起させます。

かくして、ゴジラは人類の天敵として執拗に人類を殺戮します。最後のひとりまで・・・。

この辺りの描写は、過去のゴジラには見られない性格です。

それらのゴジラは、人間を狙っているわけではなく(そもそも眼中になく)、ただ行動しているのが、人類社会にとって脅威になっていしまい、攻撃を受けるので、応戦しているという構図が見られます。

しかし、本作のゴジラは人類を根絶やしにしようとする。

そこに、過去作にはない、人間ひとりひとりが狙われることへのの新しい「恐怖」があります。同時に魅力でもあるでしょう。

本作で、是非、その「恐怖」を味わってください。

ちなみに、恥ずかしながら、実はアニゴジは・・・未見です。