政治は物理的強制を最後的な保証としているが、物理的強制はいわば政治の切札で、切札を度々出すようになってはその政治はもうおしまいである。
丸山真男『政治の世界』岩波書店、2014年、54頁。
先日、NHKで海外ドキュメンタリー「米議会襲撃が再び起きたら シミュレーション 緊迫の6時間」が放送されました。
この番組は、現在の米国の分断状況に危機感を持つ、米国の有識者・元軍人・元政治家・元官僚などが、それぞれ政府高官役となり、アメリカ連邦議会での大統領選挙確定手続きで、2021年連邦議会襲撃事件のような暴動が再び発生したら、どう対応するかというシミュレーション、机上演習を追ったドキュメンタリーです。
政府高官を演じるのは、実際に政府関係の要職を歴任した人たちです。
大統領役は元モンタナ州知事ですし、大統領上級顧問は元上院議員、統合参謀本部議長役は元NATO軍司令官…etc.
セットも、ホワイトハウスのシチュエーションルーム(危機管理室)や記者会見室を再現。
大統領と大統領顧問団(内閣)が、次々と運営側から投げ込まれる状況やレッドセル(敵対勢力)の攻勢に晒されます。
ちょうど、日本でも放送された海外ドラマ「ザ・ホワイトハウス」(原題:The West Wing)を想起させます。但し、「ザ・ホワイトハウス」は、台本もある俳優たちが演じるドラマですが、本作は、台本もなく、アドリブで行われ、実際の元政府関係者が、その役職に当てられた権能の限りで、議論し、判断し、決断するシミュレーションだということです。
州と連邦政府
本作を観ていて、最も日本人には理解しづらいは、米国政府(連邦政府)と州の関係でしょう。
「州」は日本人の感覚だと「都道府県と同格だろう」と思い込みがちですが、実は「州」は国であり、日本の都道府県と同格なのは州の中の「郡」に当たります。
州は国であるので、州内の秩序の維持は第一に州政府(州知事)の責任・管轄になります。
「なぜ大統領は、州への介入をあんなに躊躇うの?」と疑問に思った方もおいでかもしれませんが、連邦と州にはこのような一種の緊張関係があります。
どちらが権限を持つか?強い連邦政府か、弱い連邦政府か?
連邦主義者(フェデラリスト)と反連邦主義者(州権主義者)の鍔迫り合い、アメリカ政治史の「花形」です。
連邦政府が安易に州に介入することは、憲法上も、政治上も波乱を生む可能性があるのです。
更にもう一点。
おそらく、一般のイメージだと、アメリカ合衆国大統領は強大な権力を持つ存在としてイメージされますが、その実状はやや異なります。
合衆国憲法において連邦政府の権限として定められていることのほとんどは、連邦議会が法律を制定する権限(立法権限)である。外交や軍事といった一部の領域では自律的な判断の余地が大きいものの、大統領の一存で決定できる政策はほとんどない。
待島聡史『アメリカ大統領制の現在』NHK出版、2016年、48頁。
大統領には、州と連邦議会という2つの大きな足かせがあって、イメージのよう万能の権力者とは程遠いわけです。
州兵と連邦軍
上記のことを踏まえると、シチュエーションルームで、州兵と連邦軍に関して激論が戦わされていたことも理解しやすくなります。
州兵(州軍/National Guard)というのは、文字通り、州の軍隊であり、州知事の指揮下にあります。
ですので、いわゆる「アメリカ軍」(連邦軍・正規軍)とは別の存在です。
作中、女性の将官がでてきますが、彼女の肩書きは、「州兵総局長」です。
しかし、誤解しないでいただきたいのが、彼女は、州兵の総司令官ではありません。国防総省の統合参謀本部のメンバーで、州と連邦の州兵に関する連絡・調整・管理が役割であり、指揮権はありません。
但し、州兵は装備は連邦軍に準じており、連邦軍の予備軍・補完的な性格を強めています。
さて、州兵と連邦軍の関係を考える場合、重要になってくるのが、民警団法(Posse Comitatus Act)です。
この法律は、連邦軍がアメリカ国内で法を執行することを禁じています。
あくまで治安は州の責任で州兵や各警察組織が担うということです。
しかし、これだと、州のレベルを超えた事態など、対処できないような緊急事態を連邦が傍観(!)してしまうことになります。
そこで登場するのが、本作でも、しきりに議論の中心となっていた反乱法(暴動対策法/Insurrection Act)。
反乱法は、緊急事態に大統領が連邦軍を国内の法の執行に出動させること、州兵を大統領の指揮下に編入する事を認めています。
有事を前提にした民警団法の例外というわけです。
反乱法は日本の治安出動のように、全く発動されたことが無い幻の伝家の宝刀と言う訳ではありません。
作中でも言及があったように、近くはロスアンゼルス暴動(1992年)に反乱法を発動し、連邦軍(陸軍・海兵隊)を出動させています。
しかし、本演習のように、大統領選の結果に対しての争いで、一方の側である現職大統領が、連邦軍を投入して、反対派を抑え込むという構図は、アメリカのデモクラシーに大きな影を落とすことになり、終始、躊躇する場面が映し出されます。
ちなみに連邦議会に配置された首都ワシントンD.C.の州兵(コロンビア特別区州兵)は、大統領直轄(連邦政府直轄)の唯一の州兵です。
残った違和感
結果だけ言ってしまえば、大統領は、反乱法を発動しません。
しかし、ここに違和感が残りました。
確かに、暴動が拡大しても、州兵や警察で対処が出来ているのなら、反乱法発動の必要はありません。
ところが、中盤、現役のキング陸軍中将が、大統領に反旗を翻すコメントを出したことで、事態が急変します。
これは、軍に政治介入、クーデターの兆候がある、と。
シチュエーションルームに緊張が走る中、コンドリーザ・ライスを彷彿とさせる大統領上級顧問が力説します。
「もはや選挙結果をめぐる暴動ではありません。クーデターに発展しかねない事態です。問題を矮小化して、対応を考える段階は過ぎました。統合参謀本部議長の見解通り、国家の安全を優先すべきです」
この見解は、この状況を極めて的確に捉えています。フェーズは変わったのです。
高級将官、陸軍中将です。師団長どころか軍団長クラスです。
更に、後半になると、アリゾナ州議会議事堂が暴徒に占拠され、議員が人質に。そこに一部の州兵・連邦軍兵士・警察官が参加しているというではありませんか。
またフロリダ州のマクディール空軍基地で叛乱が発生し、占拠されたとの報が入ります。
基地の武器庫から武器弾薬の強奪も起こっている。
繰り返しますが、ここで明らかにフェーズは変わっているのです。
単なる国内騒乱・暴動から、内戦の一歩手前というか、もう内戦は始まっています。少なくとも叛乱行為です。
内戦なのか、単なる一部の兵士個人の規律違反・犯罪なのか、の線引き、境目は、その叛乱行動が部隊単位で行われているのかどうか、正規の指揮命令系統が維持されているのかどうか、といったところでしょう。
作中の情報からすると、部隊単位の行動も見られるように見受けられるし、指揮命令系統が正常に動くかどうかも、かなり怪しい。
ところが、前編だとあれほどリアルポリティクスの信奉者であった上級顧問が、反乱法を引っ込めて、冷静な対応を呼びかけたり、統合参謀本部議長も指揮命令系統は問題ないと楽観的になってしまいます(なんだこの豹変は?一体どうした??)
あまりのことに、大統領首席補佐官が代わって強硬策を主張します。
挙句、大統領の決断は、反乱法の回避、州に任せる、平和的統合の為の演説です。
…うーん。
アイオワ州は本当に鎮静化するのか?
反乱部隊はどうするの?
疑問はつきません。
ここまでフェーズが進んだならば、少なくとも、正規軍による反乱部隊の鎮圧、マクディール基地奪還、キング中将の拘束は必要ではないでしょうか?
残される最悪のシナリオ
この演習では、一応、平和的解決がなされましたが、もっと想定すべき事態も想像でます。いくつか挙げてみましょう。
- 正規部隊と反乱部隊が武力衝突してしまう
- 反乱が旅団・師団単位で発生する
- 核兵器装備部隊が反乱する
- 一部の州知事が叛乱側につく
- 米国内の混乱に乗じて国外の敵対国家が冒険的行動に出る
この辺りまで来ると悪夢ですが、最悪を想定してこその危機管理ですので。
日本でも行われる机上演習
実は、日本のシンクタンクも、この手の机上演習は何度も行っています。
政治家や官僚OB、自衛隊退役将官を招いて、彼らに閣僚・政府高官役を割り当て、実施しています。
最近だと、台湾有事のシミュレーションの実施が報道されていました。
NHKも、日本での机上演習をまとめて、放送してみて欲しいですね。