戦前の、226事件直前の昭和日本を舞台にした、クトゥルフ神話のアナザーストーリーです。
北一輝は、皇居の上に「黒き雲」を幻視する。
そして、昭和10年。陸軍少尉・海江田清一は、故郷で父の不可解な死に様と、そして謎の米国人「ハワード」からの手紙と父からの驚愕の遺書を目にする。
そこには、歴史の表舞台では決して語られない、禁断の真実が記されていた。
※以下、ネタバレあり
史実を下敷きに
作品に漂う雰囲気は、荒俣宏の『帝都物語』を思い起こさせます。
『帝都物語』と同じく、歴史上の実在の人物が多数登場。
(憑依される警視総監は架空の人物のようですが)
北一輝、西田税、出口王仁三郎、安藤大尉・・・etc.
物語の端緒になるのが九頭竜川ですが、「九頭竜」と「クトゥルー」が、実は深い繋がりがあるというのは、興味深い発想です。
また、クトゥルフ神話の一連の作品でも傑作として名高い『インスマスの影』の続編的な作品でもあり、同作を読んだ方だと十分楽しめるのではないでしょうか。
特に「第二章 インスマスの花嫁」は、日本人が遭遇するインスマスの怪異という体裁で、謎の青年「ハワード」の正体と共に、本作の見どころになっています。
帝都サイキックバトル?
さて、本作は、皇居を狙う邪神ダゴンとの戦いになるのですが、その戦いは、異能力、大和の神々の力を借りる北一輝の独断場です。
故に、本書の帯のキャッチコピー「妖神九頭竜VS.帝国陸軍」というのを期待すると、ちょっと拍子抜けするかもしれません。
皇居を巡る攻防ですが、昭和天皇も登場しません。
本作のノリでいけば、昭和天皇を登場させた方が、よりスリリングな展開になったのではないかと思えます。それこそ『帝都物語』ではないですが、本作での天皇の位置付けは、「天皇は天照大御神の具現されたもの」(本書、1994年、208頁)なのですから、そのプリスート・キングの「霊力」で邪神との戦いを見てみたいものです。
(大人の事情で、なかなか難しいですかね)
勝手な所感としては、ダゴン退治が、昭和維新(決起)に便乗した感があって、憑依された重臣たちもあっけなく倒されていってしまうので、いっそ、邪神側と皇国側が逆転していた方が、より面白かった気がしないでもありません。
つまり、決起した青年将校らは邪神であり、その邪神の帝都襲撃としての226事件ということです。
史実の226事件は、抵抗のないまま鎮定されますが、実はその裏で、サイキックバトルが・・・という筋立てで。
あと、海の魔物ダゴンですので、帝国海軍が登場したら更に面白しろかったのではないかと。
と、まあ、勝手な事を言っていますが、「クトゥルフ神話」と「戦前日本」というテイストは、それこそ、「クトゥルフ神話」と「ニューイングランド」の組み合わせに優るとも劣らない魅力を持っています。クトゥルフ神話ファンの方にはオススメです。
ちなみに、ラストですが、もしかして、あの将軍の顔貌は、インスマス面、ということでしょうか・・・(確かに言われてみれば・・・)。