こんな地球侵略もありだよね~キース・トーマス『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変』【SF感想】

  • 2024年9月22日
  • 2024年9月22日
宇宙

ちょっと面白い手法の地球侵略モノを読みました。

キース・トーマス『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変』です。

副題は「世界から数十億人が消えた日」です。なかなか不穏で、興味をそそられますね。

あらすじ

カリフォルニア大学の女性天文学者ダリア・ミッチェルは、ある日、全く未知のパルスコードを受信する。彼女は埃をかぶった、1冊のファイルを取り出した。

それは「SETI(地球外知的生命体探査)」協会から配布されていたファーストコンタクトに関しての手引書だった…。

これは「人類史上最大の事件」に関わった人々のオーラル・ヒストリーである。

※以下、ネタバレあり

オーラル・ヒストリーSF 

本作は、この本自体が、人類史上最大の事件に関係した人々の証言集の体裁をとっています。

途中、ホワイトハウス内での通話記録やFBIの聴取記録、911通報の書き起こしも挿し込まれます。

インタビューに応じたのは、ダリア・ミッチェル博士をはじめ、研究者や医師、NSAのアナリスト、当時の国家安全保障問題担当大統領補佐官や女性初の合衆国大統領まで。

この小説形式は、マックス・ブルックスのゾンビ・アポカリプス小説『WORLD WAR Z』と同じですね。

こんな地球侵略もありだよね

パルスコードはメッセージではなく、そのコード自体が、地球上の人類のDNAに干渉する生物学的な「介入手段」でした、

ちょうど、この関連で思い出すのが、『三体』です

『三体』は、侵略者である三体人が、地球侵略の尖兵として、スーパーコンピューターを組み込んだ陽子「智子」を地球に送り込んで、地球の科学の発展(物理学)を妨害し、科学の進行を大幅に阻害、かつ、地球圏の動向を全て監視するという作戦を採ります。

それでも、三体人は数世紀かけて大宇宙艦隊を物理的に送り込んでくるわけです。

智子は、あくまでそのための前衛に過ぎません(地球側が科学技術の発達で、三体に追いついてしまうのを阻止する為)。

対して、本作の異星人はそんな物理的な方法を採りません。

ちょっと自分の精神を送ればすむのに、どうしてわざわざ苦労して、何光年分にも相当するなにもない空間を航行する船を建造するでしょう?

キース・トーマス『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変』竹書房、2021年、414頁

人類のDNAを操作してしまうという、ほとんど対応不可能な策を用いてきます。

まあ、異星人側の意図が、三体人のような単純な「侵略」ではないところが、この作品のキーですが。

ちょっと物足りなさが

こんな大変魅力的な設定の作品なのですが、惜しむらくは、ちょっと物足りなさを感じます。

それは、全体的に、話のスケールに対して、尺が足りないというか、もっと様々な立場の人間を登場させた方が、そのスケールに見合っているように感じられた点です。

確かにホワイトハウス、当時の大統領や補佐官は登場し、政治の動きも描いています。

しかし、あとはダリア・ミッチェルの周辺人物と、若干の市井の人々や科学者に限られてきます。

描かれる舞台も米国のみ。

対して『WORLD WAR Z』だと、インタビューされるのは、国家首脳陣や将官は勿論のこと一般兵士、諜報員、潜水艦の艦長やイギリス貴族、医師、実業家、レジンスタンス、オタク青年・・・etc.

アメリカだけに限定せずに、世界中のあらゆる階層・立場の人々を対象にしたインタビューにより、多角的な視点を確保し、「世界ゾンビ大戦」のスケールの大きさを担保しています。

更に多くの登場人物のインタビューを描ければ、より、人類最大の事件のスケールを再現できたのではないでしょうか。