「この戦いの勝敗は、最初の24時間で決することになるだろう。その日は連合軍にとっても、また、我々にとっても、長い一日になるだろう。長い一日と。」
ドイツB軍集団司令官エルヴィン・ロンメル元帥
【あらすじ】
1944年6月。連合軍は、英本土でヨーロッパ反抗作戦「オーバーロード」作戦の準備を着々と進めていた。
一方、対岸のフランス本土には、ルントシュテット率いるドイツ陸軍西方総軍が、連合軍の侵攻に備えており、その隷下にはロンメル率いるB軍集団も配置されていた。
そして、運命の6月6日。
連合軍は、遂に上陸作戦を発動。先行する空挺部隊が降下し、艦隊が南下を開始する。
その目標は、ドイツ軍が予想していたカレーではなくノルマンディー。
かくして、第二次世界大戦の帰趨を決するノルマンディー上陸作戦が始まった。
それは、両軍の将兵にとって長い一日の始まりだった・・・。
第二次世界大戦を描く戦争映画の大作にして傑作。既に古典の風格を持つ作品です。この時代の名優たちがこれでもかと大挙出演します。
原作は、従軍特派員だったコーネリアス・ライアンの『The Longest Day』(邦題:史上最大の作戦)。連合軍のノルマンディー上陸作戦を連合軍・ドイツ軍双方の動きを再現した戦史ドキュメントです。
正直、邦題よりも原題の方が素晴らしいと思っているのですが、それはご愛敬。
「プライベート・ライアン」との比較
ノルマンディー上陸作戦を描いた映画といえば、昨今では、スティーブン・スピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」(1998年)を挙げる方が多いのではないでしょうか。
冒頭の20分に及ぶオマハビーチでの上陸戦は、「ブラッディ・オマハ」の異名の通り、そのリアルな凄惨さが話題になりました。
しかし、「プライベート・ライアン」の登場人物はフィクションです。
また、ノルマンディー上陸から内陸への侵攻における一部隊の戦いを切り取ったものです。
対して、「史上最大の作戦」は、史実のDデイ、6月6日を再現しようとしているので、実在の人物による実際の行動・言動を描いています。原作発表時(1959年)、映画公開時(1962年)には存命の人物は両陣営に多数おり、その「生」の声を活写しています。
また、アイゼンハワーやルントシュテットといった最高指揮官から、前線の将兵に至るまで、ノルマンディー上陸作戦を巡る様々な人と場が同時進行する「群像劇」として構成されています。
「歴史はその世紀に生きたすべての人々によって作られる」
歴史を群像劇として描く(本作の場合は「再現」)することは、とても重要な意味を持ちます。
結局、歴史というのは、一人の英雄によって、全て左右されるのではなく、その時代に生きた全ての人々の、その己の領分での決断や行動の総体だということです。
過度に個人の人格・活躍・決断を重視する見方は、例えば。政治においては、政治的メシア主義に陥ったり、歴史においては、一指導者個人に責任を負わせるような事態も招くでしょう。
屈指の名場面
勝手に、本作最高の名場面を選ぶとすると、これです。
とにかく軍服の似合う名優クルト・ユルンゲンス演じるドイツ西方総軍参謀長ブルメントリット大将と西方総軍司令官ルントシュテット元帥による、終盤のこのシーンです。
既に、ノルマンディーに連合軍が殺到し、西方総軍司令部にもその報はもたらされています。
ルントシュテットの執務室に、側近であるブルメントリットが沈痛な面持ちで入ってきます。
彼は、OKW(ドイツ国防軍最高司令部)のヨードル作戦部長との電話の結果を報告しに来たのです。
「ヨードル大将と話しましたが、総統はお目覚めです。」
「起きていようが、寝ていようが、そんな事はどうでもいい。それより機甲師団はどうなんだ?」
「それが・・・。大将の口ぶりから察するに。総統のご機嫌が悪く、誰も、そのことを言い出せないでいるようです。」
「では、機甲師団は、まだ動かずにいるのか?!」
「その通りです閣下。・・・如何でしょう。閣下から直接、総統にお電話なされば、総統も閣下のご意見をお入れになると思いますが。」
「電話しろだ!?儂からボヘミアの伍長に電話しろだ?と。儂の方から下手に出て「お願いします」て言うのか?馬鹿な!そんな事できるか!できん!」
「・・・“身にしみて ひたぶるに うら悲し”ですな・・・」
この一連の会話は多くのことを物語ります。
そもそも、北フランスには、6個の機甲師団がいましたが、内、戦略予備の3個師団はヒトラーの許可が無ければ動けないという規定があったのです。そして、この解除(指揮権移譲)を巡って、西方総軍と遥か彼方、ベルヒテスガーデン(バイエルン州・ヒトラーの山荘)が鍔迫り合いを演じることになります。
ノルマンディーを陽動作戦であり、本命はドーバー海峡幅が最短のカレーだとするOKW。
予備機甲師団は貴重な時間を空費します。
これ、統帥の悪しき好例です。
第一に、現地軍が、現地部隊全ての指揮権を持っておらず、自由に部隊を動かせない。対して、連合軍は、アイゼンハワーが執拗にそれを要求し、結果、単一指揮権のもとに上陸・侵攻してきます。
第二に、人間関係が、合理的な最適な選択肢を回避させてしまう。
ヒトラーを起こせない、ヒトラーに言い出せない。は、言わずもがな。
ルントシュテットとヒトラーの関係。
ヒトラーは自分がフォン・ルントシュテットに軽蔑されていることを十分承知していた。「まあ、元帥が不平を鳴らしているかぎり、世の中は安泰ということだ」と、ヒトラーあるとき苦笑したという。
コーネリアス・ライアン『史上最大の作戦』早川書店、1995年、326頁。
ちょっと脱線しますが、ナチスドイツをお手本にしているような節があるアニメ「機動戦士ガンダム」の「ジオン公国」ですが、このジオン公国軍も、支配一族であるザビ家の兄弟間の対立や政治的思惑で、軍の編成や指揮系統が歪であったり、戦闘序列や階級と職制に混乱が見られ、それが、最終的な敗戦に繋がっているようです。
それは、さておき。
最後の切り札であるヒトラーへの直接の電話を拒否する、誇り高き、プロイセン軍人ルントシュテット。その姿を見てブルメントリットは諦観した面持ちで、最後に呟きます。
「身にしみて ひたぶるに うら悲し」
本作の始まりから終わりまで、このポール・ヴェルレーヌの詩「秋の歌」に象徴されています。この詩が、連合軍の侵攻開始を告げる暗号であったことが何とも。
これも観ておけ!
「史上最大の作戦」を観た方は、是非、以下の映画もご覧ください。ノルマンディー上陸作戦前後のヨーロッパ戦線を描いた名作たちです。
ノルマンディー~将軍アイゼンハワーの決断
「史上最大の作戦」は群像劇ですが、こちらは、連合国派遣軍最高司令官ドワイト・アイゼンハワーを主人公にした作品です。アイゼンハワーがノルマンディー上陸作戦を決断するまでの過程を、彼を取り巻く政治家・将軍たちを中心に描きます。
司令部サイドの動きを観たい方にオススメです。
俳優陣がよく似ていると思いますし、特に、モントゴメリーは似過ぎです。
パリは燃えているか?
ノルマンディー上陸作戦成功後、連合軍による迂回か解放か、で、運命の岐路に立たされた「永遠の都」パリ。
如何に、パリは破壊から免れ得たのか?
原作は、優れた群像劇・ノンフィクション『パリは燃えているか?』。
遠すぎた橋
原作は、『The Longest Day』と同じコーネリアス・ライアン。
1944年、失敗に終わったモントゴメリーによる「マーケット・ガーデン作戦」を描いた作品です。
こちらも数々の名場面を遺しましたが、特に有名なのは、落下傘による補給物資を敵前で取りに行き戦死する英空挺兵。彼の手から落ちた箱の中身は、空挺隊員用の替えの赤いベレー帽だった・・・。
私的には、ルンテシュタットが「パットンではなくモントゴメリーが来ればいいな。」と言っているのが印象的でした。
パットン大戦車軍団
兵士殴打事件でノルマンディー上陸作戦では実戦部隊から外されてしまったジョージ・パットン将軍の活躍を描いた作品です。
パットン役のジョージ・C・スコットがあまりにも適役でした。
パットンについては、『パットン将軍 最後の日々』もおススメ。これは、『パットン大戦車軍団』の続編で、敵を喪った悲劇の将軍の最期の日々(交通事故死まで)が描かれており、もちろんジョージ・C・スコットがパットン役続投です。
【参考文献】
ハロルド・ドィッチュ/デニス・ショウォルター・編『ヒトラーが勝利する世界』学習研究社、2006年。